なぜ日本の若者たちがSMクラブにお勤めされている「マゾ奴隷」のような思考回路になるのか。件の調査によれば、「自分は別の会社や部署で通用しなくなるのではないかと感じる」から。つまり、将来のためにもっと成長をしなければという危機感ゆえ、ぬるま湯的な職場に物足りなさを感じているというのだ。

 かなり納得感のある話だとうなずく方も多いだろうが、個人的にはこの「ストーリー」にはシックリこないものがある。

 厚生労働省のデータでは、「大卒就職後3年以内離職率」はこの30年でそれほど変わっていない。30%を超えた1995年から2018年(31.2%)まで24年間は概ね30%前後から35%の間で推移していて、2007年からの11年間にいたってはほぼ横ばいが続いている。これがよく言われる、「新卒は3年で3割が辞める」という定説の根拠となっている。

「ゆるい職場」が若者の離職を増やしているのなら、ブラック企業や過重労働で新入社員が自殺したことが社会問題化して、企業の労働環境改善が進んだ2016年ごろから離職率にも何かしらの影響が出ていておかしくないが、そうは見えない。

 また、1年以内で離職する割合で見た場合は、「若者が会社を去るのはゆるい職場のせい」という指摘と真逆の状況も浮かび上がる。

「パワハラ」が社会問題化した2000年には1年以内離職率は15.7%だったが、その後じわじわ減って12〜13%まで落ち込んでいる。そして、「働き方改革」が大きく叫ばれた2019年には11.8%。その結果、大企業が続々と「ゆるい職場」となった2020年にいたっては10.6%になっている。ブラック企業が溢れていた時代と比べると、若者は「会社を去っていない」のである。

 ここで断っておくが、筆者はリクルートワークス研究所の調査結果を否定したいわけではない。立派な専門家が分析をされていることなので、きっと「ゆるい職場」が若者の離職を後押ししているような側面もあるのだろう。

 ただ、これまで日本の離職率にそれほど大きな変化はなく、その間に数多の原因が指摘され、対策も行われてきたが、ほとんど改善をしていないという現実がある。そして、この30年あまり政府や専門家が繰り返し、「若者が会社を去るのはこれが原因だ!」と指摘したが、そのほとんどが今振り返れば、「勘違いじゃないですかね」と感じてしまうものばかりだったという、否定し難い事実もあるのだ。

会社をすぐに辞めるのは
日本の「伝統的な働き方」である

 例えば、「24時間戦えますか?」というキャッチフレーズの「リゲイン」のCMが流れていた昭和から平成にかけた時代の大卒3年離職率は29.3%〜27.6%で、この10年ほどとそれほど変わらなかった。

 この事態を深刻に見た政府は、霞が関のエリートたちの頭脳を集結させ、「なぜ若者はすぐに会社を辞めてしまうのか」という原因を徹底的に分析してある結論を導き出す。当時の日経社説を引用しよう。

「我が国の衝動的な離職率は米英より高いという。その背景には、アルバイトで簡単に高額の収入を確保できる社会環境がある。労働調査によると、若年の解職理由は『仕事が自分に合わない』が最も多い」(日本経済新聞1991年7月29日)

「衝動的な離職」というのは、転職先が決まっているわけでもないのに、後先考えずに会社を辞めてしまうことだ。要するに、この当時、新卒社員がすぐに会社を辞めてしまうのは、「学生時代にバイトばかりしてワガママだから」と結論付けたのだ。

 この分析結果を受けて、政府は企業に対して若者に衝動的離職をさせないように、彼らの考えを尊重しながら労働時間などを改善すべきと提言し、週休2日制なども積極的に推進していく。しかし、離職率はほとんど改善しておらず、むしろ悪化した。