私たちを取り巻く環境の問題点
念のために言っておくと、私たちが暮らす自然環境は、本質的に過酷というわけではない。もちろん、私たちの先祖が「食べ物は不足するどころか豊富にあり、いずれ多すぎて困る日がくる」と聞けば間違いなく驚くだろうが、私たちが抱える食べ物の問題は、量の多さだけにとどまらない。
かつてFDA(アメリカ食品医薬品局)の長官を務めたデイヴィッド・ケスラーによると、食品業界には顧客を満足させる以上の目的があるという。生産、加工、試験、梱包、マーケティング、配送、小売を含む業界全体が、食べ物を通じて過剰な刺激を与えることに投資し、延々と食べ続けさせることのできる力を生み出そうとしているのだ。いまこの瞬間にも、人に自然に欲する以上の量を食べさせる方法を必死に考案している科学者がいる。この事実はぜひとも覚えておいてほしい。
仮に何度ダイエットに失敗しても、無力感に苛まれることなく自分を保ってもらいたい。私たちを取り巻く環境には大きな問題が潜んでいるが、問題を正確に見極められるようにならない限り、それに対峙することも、解決することもできない。
「ラクな生活」の魅力に抗い続けるのは逆効果
食べ物の問題に加えて、いとこは郊外に暮らしているので運動をする機会があまりない。町全体が、徒歩ではなく車で動くことを前提としたつくりになっているのだ。彼女の家の駐車場には車が3台あり、玄関から数歩でたどり着く。それにこぢんまりとした家なので、場所をとるエクササイズ機器を置くスペースはない。
このような環境で彼女が目標に従って行動するには、好きなだけ食べて動かない生活の魅力に絶えず抗わなければならない。彼女の生活は、つらい決断を毎回強いられるものとなる。それでは毎日が、春の訪れを占う新たな始まりの一日に感じる。変わらずそこにある便利さや快適さに抗いながら、繰り返し自分自身の弱さに向き合い、自分自身を試すことになるのだ。それではあまりにもつらすぎるし、ほかのことを考える時間が一切なくなってしまう! 加えて、自分を否定し続けるメロドラマのような状況は、逆効果でしかない。
「禁じる」とかえって意識しすぎる
心理学者のダニエル・ウェグナー率いるチームが、人の欲求を抑圧した場合に生じる皮肉な効果について実証する実験を考案した。彼らは実験の参加者に、「シロクマについて考えてはいけない」という簡単なタスクを課した。そもそも、シロクマのことをしょっちゅう思い浮かべる人などいるのだろうか?
参加者は研究室に5分間ひとりきりになり、シロクマを思い浮かべたらベルを鳴らすようにと指示された。ベルが鳴った平均回数は約5回。ほぼ1分に1回の計算だ。この結果を踏まえると、人の思考があちこちさまようのも無理はないと思える。ひとりで退屈していると、人は禁じられたテーマまでも思い浮かべてしまうのだ。
興味深いことに、この実験の終了後、同じ参加者たちに5分間シロクマについて積極的に考えさせる実験も行われた。考えることを禁じられたタスクから解放されると、彼らがベルを鳴らした回数は約8回となった。それとは対照的に、最初の実験でシロクマについて考えることを禁じられなかった参加者たちがシロクマについて考えるように指示された場合、ベルを鳴らす回数は5回に満たなかった。
これではまるで、考えることを禁じる指令が、のちに特別なエネルギーを与えたかのようではないか。シロクマについて考えないようにした結果、その後シロクマのことが何度も思い浮かんだのだ。このときの体験の感想を参加者に尋ねると、最初にシロクマについて考えることを禁じられた参加者から、シロクマのことで頭がいっぱいになったように感じたとの意見があがった。これは欲求が皮肉に歪んだ結果だ。欲求を抑圧しようとすると、その意図はしだいに弱まり、抑圧するという目標の達成が困難になるのだ。
科学的な行動で
習慣を身につけるべき根本的な理由
正しいと思っている行動が苦痛に変われば、人は混乱する。ウェグナーも言っているように、「眠れないのではないかと不安になれば、一晩中起きているし、痩せたいと思っていれば、冷蔵庫のことを一日中考えてしまう」のだ。自らコントロールしようとすれば「逆効果となり、自分の意識を導こうとする試みに絶えず悩まされる」ことになる。満たされていない欲求が大きく立ちはだかってモチベーションが著しく低下すると、私たちが意識できる「考える自己」が割り込んでくる。意識は安直に、やめることを正当化する理由を思いつく。
顕在意識は言い訳が得意だ。昨夜の残りのピザを食べる理由(例:昼食を食べ損ねた)や、今日ジムを休む理由(例:膝が痛い)を瞬時に考え出す。この才能のせいで、最終的には自分や自分を取り巻く環境に抗うことをやめてしまう。そうなれば、スタート地点に逆戻りだ。
【本記事は『やり抜く自分に変わる超習慣力 悪習を断ち切り、良い習慣を身につける科学的メソッド』(ウェンディ・ウッド著、花塚恵訳)を抜粋、編集して掲載しています】