なぜ、日本に移住したい人が増えているのか。

 その背景について張さんは、最大の要因は中国の厳しいゼロコロナ政策にあるのではないか、と分析する。長らく続くロックダウンに我慢の限界が来たのだ。また、経済の減退を身近に感じるようになり、特に中間層は将来に不安を感じはじめている。

 加えて、これまで人気の移住先上位に入っていた国々で、「中国人の移住に関するハードルが上がっている」ことも間接的な要因となっているようだ。

「例えば、シンガポールでは一部の『投資移民』の条件を変更。今年4月から、富裕層向けの移住の際に活用されてきたファミリーオフィスについて、最低投資額を1000万シンガポールドル(約9億円)に引き上げた。また、英語圏の国へ留学や移住支援を行う関係者からは、『イギリスは今年2月から移民の手続きをストップしてしまっている』『オーストラリアは、中国からの今年の移民申請枠はもう定員に達して終了した』という話も聞いている」(張さん)

 ただ、他国の受け入れの門戸が狭まったからといって、日本には簡単に来られるのだろうか。ビザ取得のサポートをする張さんは、日本でのビザ取得について以下のように説明する。

「現在、来日のビザは主に1.留学、2.経営・管理、3.高度な人材の3種類に分かれる。今回は問い合わせのほとんどが、2の経営・管理に当たる。つまり、会社を設立することだ。500万円以上の出資金や日本でのオフィス、住居の確保などの条件をそろえれば、ビザは簡単に取れる。

 その後きちんとビジネスが成り立って、日本の納税や雇用規定などを順守すれば、ビザの更新ができ、将来的には永住権を得たり帰化したりもできる」

 日本でのビジネスが成功するか否かという問題はあるが、資産が豊富な上海在住の中国人にとって来日ビザを取得すること自体は、それほど高いハードルではないといえる。

日本に行きたがる
中国のエリートたち

「日本にはどうやったら行けるのか」という問い合わせが急増しているのは、こうした専門の会社だけではなさそうだ。

 都内で20年以上貿易会社を営む上海出身の友人夫婦は、上海の知り合いから「『経営・管理』のビザを申請したい」「手続きの手伝いをしてほしい」といった依頼が、今年に入って十数件はあったという。そして、そのうちの2組は先日、ロックダウン下の上海から無事に日本に到着したそうだ。

 また、東京に住む30代の上海出身男性・馬さん(仮名)は、日本での日常生活や自身の体験などを中国向けに発信しているのだが、上海のロックダウン以降、フォロワーが急増したのだという。「日本に行きたい」「アドバイスが欲しい」といったメッセージが多数寄せられた。

 馬さんは、「日本へ行きたい」人が増えていることについて、これまでとは違う傾向があると感じているという。

「これまでも日本を目指す人もいたが、今回は明らかに層が違う。高学歴、超お金持ち、そして教授や医師などのエリートが多くなったと感じ、実に驚いている。しかも、彼らはもうすでに移住の手続きを始めているのだ」(馬さん)

 馬さんは、日本は中国と距離的に近いこと、同じアジアの国であり、文化や生活習慣も比較的似ていることなどが移住を希望する理由なのではないかとみている。治安が良いイメージもある。

 また張さんと同じく、上海のロックダウンは中国人の心境に大きな変化を与えたとみる。

「ロックダウン中はずっと部屋から出られない。陽性になれば、家族全員がコンテナ隔離施設に送り込まれてしまう。その上、家の鍵を渡せと言われ、勝手に消毒されて家の中はビショビショ……。多くの人がこの現状に希望を失ったと思う」(馬さん)

 ただ移住に関しては、適している国は人それぞれという冷静な考え方を持っている。

「日本はいい国だと思うが、これまで僕からは今まで一度も移住先として日本を勧めることはしなかった。なぜなら、完璧な国は世界中どこにもないし、価値観は人はそれぞれ。どの国が自分に適しているのかは、本人にしか分からないからだ。何を大切にしたいか、どんな暮らしをしたいのかはよく考えてほしい」(馬さん)