うまくいっている部門もあれば
苦労している部門もある
サントリーホールディングス代表取締役副社長。日本興業銀行(現・みずほ銀行)を経て、1997年サントリー入社。2009年、サントリーホールディングス執行役員、2011年、サントリー食品インターナショナル代表取締役社長、2016年から現職。グループ戦略・改革本部長として中長期視点での改革を推進するほか、国内酒類事業を統括するサントリーBWS代表取締役社長も兼ねる。 Photo by Teppei Hori
鳥井 これまた誤解を恐れず言うと、「ちゃらんぽらん」でいることです。社員やチームのメンバーに、「こんなに上の人たちがちゃらんぽらんでは、ここは自分がしっかりしないとまずいな」と思わせるくらいがちょうどいいんですよ(笑)。
あまり上のにらみが利きすぎたり、規則や数字でがちがちに固めすぎていたら、その下の人たちはやりにくい。それが「やってみなはれ」の精神であり、「お前に任せる。一生懸命やって、それでもあかんかったら、おれが責任取るわ」という考え方です。
もっと言えば、上の指示というものは、「行け」か「やめとけ」だけでいい(笑)。行けと言って、あとは信じて任せる。必死に取り組んでもらって、それで運が悪ければ失敗するし、運が良ければ成功する。どうなるかは「お天道さま」が見ている。
関灘 挑戦できる風土があるのは素晴らしいことですね。多くの組織では「やってみなはれ」などと言ってもらえることもなく、やる前から「それでは失敗するんじゃないか」と言われて、新しいことにはなかなか挑戦させてもらえない。経営層がいかに挑戦できる場を用意できるか。とても大切なことですね。
鳥井 会社にいろいろな組織や事業があるとき、全部が全部、100%うまくいっているなどということは絶対にないんです。うまくいっている部門もあれば、別の部門では誰かが苦労しているはずです。
A.T. カーニー日本代表。神戸大学経営学部卒業後、A.T.カーニーに新卒で入社し、2020年に同社史上最年少の38歳で日本代表(マネージングディレクター ジャパン)に就任。INSEAD(欧州経営大学院)MAP修了。グロービス経営大学院専任教授、K.I.T.虎ノ門大学院 客員教授、大学院大学至善館特任准教授、経済産業省「新たなコンビニのあり方検討会」委員。 Photo by Teppei Hori
すべての事業が文句なくうまく回っていれば、「やってみなはれ」という必要など、むしろない。苦境にあったり、どうしてもうまくいかない事業部門でこそ、現状の行き詰まりを打開し、課題を解決するために「やってみなはれ」ということが必要なんです。
関灘 やってみたい人、挑戦したい人がいるとき、その人の本気度を、経営側はどのように見極めているのでしょうか。必ずしも論理的な検討結果ではなくとも、この人物の、この「やってみたい」には絶対に懸けてみようといった判断も、恐らくあるのだろうと思います。
社内で、新規事業の提案制度や、新規事業を担当する組織を設ける大企業は多くありますが、新規事業の成功確率は極めて低いというのが実態です。どのような人材に任せるのか、どのような時間軸で検討するのか、既存事業との関係をどう考えるのかなど、さまざまな論点もあります。
「やってみなはれ」のサントリーとはいえ、大規模な会社で社員のアイデアを吸い上げるのはなかなか難しいのではないかと思うのですが、何か社内で提案を促す仕掛けがあるのでしょうか。
とてつもない
「やんちゃな発想」が必要
鳥井 酒類や飲料は消費財なので、これまでは、実はイノベーションというよりも、インプルーヴメント(改善・改良)を少しはみ出したぐらいの変革しかありませんでした。たとえば、カメラのフィルムがなくなってデータへと置き換わった、というほどの大変化は経験していないのです。
そういう点では、やんちゃな社員がいろいろと挑戦してみて、うまくいったり、いかないこともあったり、何度もやってみたりして、それでなんとかなってきた部分があります。
たとえば、個人的によくぞやったと思うのは、ハイボールをグラスではなく、ジョッキに入れて飲んでいただく「角ハイボールジョッキ」のアイデアです。
本当かどうかわからないのですが、経営側が了解する前に、すでにジョッキを発注していたというんですね。あれはいい加減というか、特に理屈はないように見えるのですが、実はなかなかよく考えられていたとも思うのです。
それまで、ジョッキのような大きなサイズの入れ物で、ウイスキーを提供するということは考えられなかった。ハイボールを大きめのタンブラーで提供したことはありますが、そこに氷を入れてお酒を注ぐとタンブラーの外側が冷えて濡れるので、持つと手が濡れてしまう。そのため女性は持つのを嫌がります。一方、ジョッキであれば取っ手は濡れません。そうした細かい点を実は考慮していたのではないかと思います。
このように、既存の事業では、すでに若手中心に新しいアイデアがいくらでも出てきますが、まったく新しい事業を打ち立てるとなると、なかなかそうは行きません。また、今の時代、ちゃんちゃらおかしいこと、お話にならないことには、実際はなかなか挑戦しづらいことも事実です。そのため、今、新たな仕組みをつくろうとしているところです。
昨今、サステナビリティやカーボンニュートラルが大きなテーマになってきていますが、この先、2030年、2050年に向けて、2リットルのペットボトル6本を1ケースとして運んでいるような今の状態で本当にいいのかどうかを、これからは真剣に考えなければなりません。
飲料と酒類を合わせると、現在、サントリーは国内だけでも約6億ケースを運んでいる計算で、それはもう大変な量の物流であり、それ相応のCO2を排出しているわけです。
関灘 やんちゃな挑戦を奨励する一方で、カーボンニュートラルなどは、企業として真面目に対応しなければならないという難しさがありますね。
鳥井 いや、そこは逆で、カーボンニュートラルは、ただ真面目な対応だけではダメだと思っているんです。
たとえば、飲料2リットルを凝縮し、100ミリリットルくらいに小さくして運び、お客様が飲まれるときにもとの容量に戻すといったことは、現在の科学ではあり得ませんが、そのくらい発想を柔軟にして、無理なことを無理と思わずに考える必要があります。それくらい突飛なアイデア、とてつもない「やんちゃな発想」が必要だと考えています。