ボクシング・村田諒太に学ぶメンタルの鍛え方、「マイナス思考になる強さ」とは?村田諒太選手(左)と田中ウルヴェ京さん(右) 写真はウルヴェさん所属事務所提供

今年4月、ボクシングのWBA世界王者でロンドン五輪金メダリストの村田諒太選手がゲンナジー・ゴロフキン選手と王座統一戦を行い、壮絶な戦いを繰り広げた。今回、村田選手のメンタルトレーニングを担当した田中ウルヴェ京氏(ソウル五輪シンクロ・デュエットで銅メダル、現在はスポーツ心理学者)にインタビューを行い、メンタルトレーニングの目的や成果について詳しく聞いた。(作家・スポーツライター 小林信也)

金メダリストと“闘神”が「夢の対決」
村田は敗れるも堂々の戦いぶり

 今年5月9日、NHK-BS1『スポーツ×ヒューマン』で放送された「オレは誰だ? ボクシング 村田諒太」は刺激的なドキュメンタリーだった。ゲンナジー・ゴロフキン戦に向けて、村田諒太選手が自分とどう向き合ったか。メンタルトレーニングを担当した田中ウルヴェ京とのセッションの様子が克明に記録されたインサイドストーリー。

 いうまでもなく、村田諒太は2012年ロンドン五輪の金メダリスト。プロに転向し、17年10月にWBAミドル級王者になった。プロでも世界王者になった五輪金メダリストは日本人では村田が初めてだ。その村田と、当時41勝(36KO)1敗1分の戦績を誇り、“God of war”(闘神)と呼ばれる偉大な王者ゴロフキン(カザフスタン)との「夢の対決」が実現した。

 村田は序盤、ゴロフキンを相手に優位に試合を進めた。勝利への期待も大きくふくらむ攻勢だった。が、歴戦の勇者は想像を超える技巧と対応力で反撃した。

 結果的に村田は9回TKOで敗れた。しかし、国内外からこの試合、そして村田を讃えるコメントがメディアにもネット上にもあふれた。村田の覚悟と戦う姿が見る者の胸に深く響いたからだろう。かねて「精神的な弱さが課題」と言われていた。だが、そんな評価を覆す、堂々とした戦いぶりだった。

 このドキュメンタリーは、その秘密を教えてくれる貴重な記録だった。

 メンタルトレーニングの目的や成果をもっと深く理解すべく、スポーツ心理学者(博士)の田中ウルヴェ京さんに、スポーツライターの小林信也が聞いた。(本文敬称略)

メンタルトレーニングでは
「勝つために」を考えない?

聞き手・小林信也(以下、小林) 世界王者・村田諒太の内面の葛藤、普段は見ることのできない心の変化がウルヴェさんとのセッションを通して、鮮やかに語られる興味深い映像でした。その中に、「勝つためにどうするか」という問いかけが全くなかった、それが印象的でした。多くの選手や指導者は、「勝ちたいからメンタルトレーニングを採り入れよう」と考えるのではないかと思うのですが、村田さんとウルヴェさんの取り組みは全然違って見えました。

田中ウルヴェ京(以下、ウルヴェ) 勝つために、というのは語弊があるんです。「勝つこと」は自分でコントロールできないので。

小林 自分にコントロールできないことに目を向けるのは科学的じゃない。

ウルヴェ 極端に言えば、どんな競技でも「勝つために」だったら勝てる可能性の高い相手とだけ対戦すれば済む話です。対戦競技では3つの戦いがあります。一つは相手、もう一つは環境、最後が自分自身です。自らがコントロールできるのは「自分自身との戦い」だけです。ですから、「勝つために」ではなく、「本番で実力を発揮するために」なら、自分でコントロールできます。そして、勝つ可能性を限りなく高くできます。

スポーツ心理学者がすべきことは決まっている?
村田諒太のトレーニング法とは?

小林 今回、村田選手とウルヴェさんは、どんな経緯でメンタルトレーニングに取り組んだのですか?