世界が灰色に見えたら要注意

――セルフ・コンパッションは、具体的にどのように自己肯定感につながるのでしょうか。

川野:人から良い評価を受けたり、業績などの具体的な数字で「人よりも勝っている」と感じることで、自分自身が勝ち組であるという感覚が湧いたりすることがあります。

 こうした、自分以外の視点に基づく評価をもとに、自分の価値が高いと感じる、その感覚を「自尊心」あるいは「自尊感情」といいます。

 それといわば相対するものがセルフ・コンパッション(自慈心)です。

 これは言ってしまえば「根拠のない自己受容」ということもできるでしょう。

 自分が人よりも強いからとか、世の中でこれぐらいの地位にあるからということではなく、たとえ自分に自慢できるような能力や持ち物が何もなくても、とにかく自分の存在を大事にしてみよう、この与えられた命を大切にしようという考え方です。

「生きてるだけで丸もうけ」という有名人の方の言葉がありますが、まさにあれは自慈心のことおっしゃっているように思えます。

 ここにこうして生きている、という自分の存在自体にありがたさを感じることができる。それが自慈心ですね。

――なるほど、この自慈心を養うためにできるのがマインドフルネスということですね。

川野:そうです。まずは1つひとつの感覚と丁寧に向き合っていくことが大切です。

 自分が生きているという証、それは今まさに何かを体験し、「感じている」という事実です。

 ひとことで「感じる」と言っても、具体的には五感を通して脳に入力される情報と、さらにもう一つ、6個目に相当する「思考」や「感情」という認識機能があります。

 この6種類の情報を受け取る能力が、私たち1人ひとりに備わっています。逆に言うと、私たちはその6種類の感覚を通してしか世の中を認識できないわけです。

 仏教の言葉では、この認識機能を「六根」と言います。

 四国などでお遍路を歩かれる方がよく「六根清浄」と声に出して唱えますが、あれは六根つまり自らの心の中を清らかにするという思いが込められた言葉なんです。

 自分が何かに触れている感覚、声を発するという行為、聴こえてくる音など、1つひとつの感覚にマインドフルになる、丁寧に感じ取ることを繰り返していると、五感と思考や感情で成り立つ六根をあるがままに享受できるようになります。

 すると、心が清らかになり、世の中が彩りに満ちて見えてくるということです。

――なるほど! 自分の感覚を大切にしていると彩り豊かに見えるようになるっていうことなんですね。

川野:そうなんです。うつ病など、精神的に大変苦しい状況にある方が「世界が灰色に見える」という言い方をされることがあります。

 あとからご本人にうかがうと、それは決して比喩表現ではなく、本当に世界が灰色に見えていたそうなんです。

 もちろん、「これは何色ですか?」と聞かれれば黄色や赤色と答えることはできますが、気持ちの上ではすべて色を失ったかのように、灰色に見えているそうなのです。

 世界が灰色に見えてきたら、それは自分が今本当に苦しいというサインかもしれません。

 この本には、生き生きとしたマインドフルな感覚を取り戻す方法、自分自身の感性を開いていくヒントが書かれていますから、ともすれば知らず知らずのうちに心の疲労をため込みやすいこのような時代においては必読書と言えるのではないでしょうか。

 ぜひ多くの方に手に取っていただきたいですね。

川野 泰周(かわの・たいしゅう)
精神科・心療内科医/臨済宗建長寺派林香寺住職
精神保健指定医・日本精神神経学会認定精神科専門医・医師会認定産業医。
1980年横浜市生まれ。2005年慶應義塾大学医学部医学科卒業。臨床研修修了後、慶應義塾大学病院精神神経科、国立病院機構久里浜医療センターなどで精神科医として診療に従事。2011年より建長寺専門道場にて3年半にわたる禅修行。2014年末より横浜にある臨済宗建長寺派林香寺住職となる。現在寺務の傍ら都内及び横浜市内のクリニック等で精神科診療にあたっている。
うつ病、不安障害、PTSD、睡眠障害、依存症などに対し、薬物療法や従来の精神療法と並び、禅やマインドフルネスの実践による心理療法を積極的に導入している。またビジネスパーソン、医療従事者、学校教員、子育て世代、シニア世代などを対象に幅広く講演活動を行なっている。
主な著書に『会社では教えてもらえない 集中力がある人のストレス管理のキホン』(すばる舎)、『半分、減らす。「1/2の心がけ」で、人生はもっと良くなる』、 (三笠書房)、『精神科医がすすめる 疲れにくい生き方』(クロスメディア・パブリッシング)、『「精神科医の禅僧」が教える 心と身体の正しい休め方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。