まず隗より始めよ―内から外へ(Seizing)
次にビジネスモデルの開発プロセスに関するヒントとして「まず隗より始めよ」があります。これが意味するところは、ESG/SDGs経営の取り組みは、まず社内で成功事例を作ってから社外に展開する、というステップを取ろうということです。
いきなりESG/SDGs経営の取り組みを社外で大々的に展開することを目指すのではなく、まずは社内のステークホルダーを顧客に見立て、社内のESG/SDGs経営に関するニーズを解決し、事例を作ってから社外に展開しよう、ということです。英語では「ウォーク・ザ・トーク(有言実行)」という呼ばれ方をすることもあります。
要は、サプライチェーン全体でサステナビリティ対応を一度に行うのではなく、まずは、シーメンスのように自ら自社製造施設のエネルギー効率化を実現し、そこで得られた知見を新たなビジネスチャンスとして外部展開する形や、ボッシュのように、もともと自社向けに開発していたエネルギーマネジメントシステム等を環境ソリューションとし、新規事業子会社であるボッシュ・クライメート・ソリューションズが自社のステークホルダーに対して展開することで、ESG/SDGs経営実現に向けた仲間を増やしていく形も見られます。
すでに、事業基盤が確立している既存企業にとっては、一見、ESG/SDGs経営視点でビジネスモデル転換や新規事業構築が求められ、チャレンジングに見えます。しかし、本書のケーススタディを見ていくと、社内の既存事業の再評価やニーズの把握、社内事例の開発など、実はESG/SDGs経営の取り組みの第1歩は「社内」が起点となっているケースが多く見受けられます。
組織の規模が大きくなればなるほど、全社でのESG/SDGs経営の取り組みはむずかしく見えます。しかし、見方を変えて、社内にESG/SDGs経営の実現に向けたヒントやテスト環境が揃っていると考えれば、意外と大企業であることのメリットであることが見えてきます。
これは、ESG/SDGs経営に限った話ではなく、新規事業創出全体にいえる話でしょう。新しい商品コンセプトを考え(ここではESG/SDGs)、プロトタイプができたら、社内のステークホルダーに対しそのコンセプトで「お役立ち」できるかどうか検証する。そのプロセスを経たうえで社内に信頼感を醸成し、新規事業へのサポートを得ながら、徐々にビジネスポートフォリオの転換を図っていく。自社のESG/SDGs経営の将来を考えることは、実は企業変革のプロセスを考えることと同じなのです。
最後は攻めと守りの両輪で(Seizing)
最後は総合力です。ESG/SDGs経営の取り組みの推進は、それぞれの企業が置かれた状況もあり、必ずしも当初から完璧を目指す必要はありません。ただし、真に自社のESG/SDGs経営の取り組みを持続可能なものにするためには、「攻め」と「守り」の両輪を意識する必要があります。最終的にステークホルダー全体への取り組みを通じて、顧客価値を実現し、事業成長を図っていく。そのためには、ESG/SDGsをベースにしたミッションの再定義と事業ストーリーの構築が必須となります。
ここで参考となるのがケニアの通信会社であるサファリコムです。
サファリコムは自社の保有するモバイル通信プラットフォーム上でM-Pesaと呼ばれる送金サービスを展開し、ケニア国内の脆弱な金融インフラを補完しています。結果、それまで銀行口座を持てずにインフォーマルな金融取引に依存していたケニアの人々に安心・安全な金融アクセスを提供しました。
サファリコムの顧客そのものであるケニアの人々の生活水準向上に役立つだけでなく、実際にプラットフォーム上で手数料を徴収することで収益成長を維持し、サステナビリティの実現と事業成長が見事に融合しています。
もちろん、同様の金融サービスに対するもともとのニーズの高さや通信インフラの整備、ケニア政府の支援があったこと等さまざまな要因が成功の背景にあるとされますが、とはいえ開発途上国の伝統的な政府系通信会社が、このような「攻め」と「守り」の両方でESG/SDGs経営を実践し、結果として収益成長と株価上昇を続けていることは、注目に値するでしょう。
これまで見てきたように、ビジネスモデル1つをとっても、ESG/SDGs経営を成功させるためには、より包括的な視点/アプローチが必要です。
※本記事は『SDGs時代を勝ち抜く ESG財務戦略』より本文の一部を抜粋、再編集しています。