JA全農の役員としての不正行為なので
JAならけんの幹部人事とは無関係という釈明

 証券取引等監視委員会がインサイダー取引の疑いで中出氏を呼び出したのは、今年3月のことだった。中出氏はファミリーマート株式の売買について「忘れていた」ため、寝耳に水だったという。

 監視委員会からの指摘について、中出氏は次のように職員に説明した。

「(株式売買のことは)全然忘れていた。インサイダーという言葉は知っておりましたけど、私どものJAは国債の何やらいうのはやってるけど株は全然やってないしセミナーもしていない」

 要は、どのような行為がインサイダー取引に相当するのかを知らなかったと言いたいようだ。

 それで、次のようなやり取りを監視委としたという。

「『会長さん、インサイダー取引ですね』と言われた。で、『インサイダーって?』と聞くと、『いや、(TOB行使を)分かりつつ(株式を)買うてんのはインサイダーやねん』(監視委)、『はあ、そんな感覚全然ない』(中出氏)」

 中出氏が会長を務めるJAならけんは奈良県全域を管内とする大型農協で、貯金残高1兆4426億円を有する金融機関だ。そのトップに12年以上君臨する経営者が、インサイダー取引の詳細を知らなかったと弁明しているのである。

 中出氏はさらにこう続けた。「『インサイダーは認めます。言い訳も何もしません。けれども悪意でやったんではない。それは調書に書いてください』と(監視委に)言いました」

 いささか独りよがりな説明がこの後も続く。中出氏によればインサイダー取引の多くは他人名義で売買したり、親戚に投資資金を渡して売り買いさせたりするが、同氏は本人の口座で取引した。だから(他人を媒介するなど手口を隠していないので)、「間違いなく、全然、悪意も何もない」と主張したのである。

 次なる「言い訳」は、インサイダー取引は全農の役員として行ったものであって、JAならけんとは無関係であるというものだ。

 説明会では、以下のように述べた。

「全農に迷惑かけたらあかん。全農の守秘義務に違反したということで退職届を4月に出したわけです。(中略)(インサイダー取引は)全農のことやから、(JAならけんには)全然関係ないということで、全国(段階の組織)の会長さんにそういう話をした」

 中出氏の弁明では、全農の役員とJAならけんの会長を兼任する人物が違法行為をした場合に、なぜ前者の役職のみ辞任することで“けじめ”をつけたことになるのか不明だ。その肝心な点は曖昧にしつつ、JAならけん会長の立場は守りたいという保身の姿勢が垣間見える。そこで補足情報として、ダイヤモンド編集部がJAならけんの職員から聞いた内部情報を記しておく。

 ある職員は中出氏の不祥事発覚後、管理職から「インサイダー取引は中出会長が全農役員時代にしたことで、農協とは無関係だ」と言われた。別の職員は、「外部から聞かれたら全農に直接問い合わせてもらうよう指示された」という。

 どうも中出氏は全農とJAならけんは別組織であるから、役員としての責任論も切り離して考えられるという「言い訳」を組織内に浸透させようとしているようだ。

 だが、全農の役員(経営管理委員)は各県の農協組織の代表者が選任されるルールになっていて役員の大部分は共通しているし、資本関係もある。つまり別組織という理屈は通用しない。

 中出氏は説明会で、自身の責任論につながる核心部分には曖昧な表現を使って職員をけむに巻いた。そして、最後まで十分な説明責任を果たさぬまま、以下のように演説を締めくくった。

「これから(6月25日に)総会(株式会社の株主総会に当たる。正式名称は『総代会』)もある。(中略)また本店の(ビルの建て替えなど)いろんな問題もやっていかないけない。そんな中で私の軽率な事案によって皆さんの仕事に差し支えがあったら、(中略)どない言うて皆さんにおわびしたらええか、(中略)私自身が『人には厳しい、自分には甘いねんなー』っていうのも(中略)この年になってつくづく思っております。同じ話ばっかりして皆さん疲れておられるのに申し訳ないと思いますけども、遠方から時間をかけて仕事が終わってから来ていただいたのに長々しゃべるのは大変それ(申し訳ないこと)に当たりますけども、この件で大変皆さんにご迷惑をおかけし、深くおわび申し上げたいと思います。本当に大変申し訳ない」

「総代会を粛々と乗り切っていきたい」
役員会を招集し、会長の続投を決議

 謝罪説明会を受けて、多くの職員は驚きを隠せなかった。「独裁的なマネジメント」を敷くことで知られている中出氏が頭を下げたからだ。

 とはいえ、中出氏の説明はお世辞にも理路整然としているとはいえず、聴衆は判然としないものを感じていた。「謝罪されても、どうしていいのか分からないというのが本音だった」(参加した職員)。

 そうした職員の“もやもや”を解消したのが、その後に挨拶したJAならけんの理事長、村本佳宜氏だった。村本氏は、中出氏の会長続投に向けた戦術をかなり明確に話した。中出氏が辞任する必要がない理由を、次のように解説したのである。

「インサイダー取引は証券取引業法違反ということになります(正確には金融商品取引法違反)。要は法令違反、当然ながらコンプライアンス違反になりますけども、法的に言いましたら(中略)刑事罰ではない。会長からお話がありましたように、167万の課徴金を払うという命令が下りて、(それを納めれば)刑事罰にはならないので、農業協同組合法でも、(農協の)定款でも、役員の内規でも、役員の退任理由にはなりません(正確には役員の資格を失わないということ)」

 続く村本氏の説明により、職員らは謝罪説明会が急きょ開催された「意図」をようやく知ることになる。

 村本氏は説明会直前の6月10日に招集した経営管理委員会(株式会社でいう取締役会に相当)で、次のような衝撃的な決議が行われたことを明かしたのだ。

「全員一致で(中出氏をトップとする)現体制で、一丸となってやっていくことを決議していただきました。そんな中で総代会を迎えるわけなんですけども、(中略)この難局で、総代会を粛々と乗り切っていきたい」

 この説明を「聴衆はポカンとして聞いていた」(前述とは別の参加した職員)。その後、村本氏は質疑応答の時間を設けたが、数秒の沈黙の後、打ち切った。

 独裁的リーダーに対して、「悪意がないのに、なぜこそこそとトイレに行って株を売買したのか」といった質問を投げ掛けられる職員はいなかったのだ。

 中出氏による職員向けの説明会は地区別に計4回行われる予定。以上のやり取りは、そのうちの1回目の内容である。

 ちなみに、中出氏らJAならけんの役員は1回目の音声データが外部に流出したことを察知したようだ。2回目以降は録音が行われないようにするためなのか、出席した職員らを撮影しつつ説明会を開いたという。これでは謝罪が目的なのか、「会長の続投に協力しろ」と圧力をかけるのが目的なのか分からない。中出氏は職員らにカメラを向ける前に、自分自身の演説の録画映像を視聴し、自らの過ちを省みるべきではないだろうか。

農協職員&家族アンケート