私の祖母も彼の教え子の1人です。私は、小・中・高と多感な時期に祖母と暮らしていたのですが、祖母は常に「あなたには、自分らしい人生を自分で切り開く力がある」と信じてくれていました。私の話にはアドバイスなどは一切せずに、ただ聞いてくれていたのが印象的で、今でも家のリビングで祖母が話を聞いてくれていたときの空気感・エネルギー感をありありと覚えています。

 日々忙しく過ごしていると、相手の話をじっくり聞くことを疎かにしてしまいがち。まわりくどく感じてしまうかもしれませんが、いったんこのやり方に慣れてしまえば、聞くことは実はすごく楽ですし、メリットがたくさんあります。

 話を聞く立場としては、相手のことをより深く理解することができ、信頼関係を築けるだけでなく、相手が受け取りやすい提案もしやすくなる。そして話を聞いてもらう側は、質問や問いを投げかけてもらうことで、自分で考える機会が増え、自分の考えや気持ちを言葉にする機会が増え、自分会議の質が高まり、人生の質やパフォーマンスの質向上にもつながる。聞くというコミュニケーションの質を高めることで、生み出されるプラスの効果は山ほどあります。

求めていることは1人1人違う
「わからないから聞く」の強み

 オリンピックチームのあるコーチから、「試合前の選手たちにどのような声かけをしたらいいでしょう」と相談されたことがあるのですが、私の答えは「わかりません。本人に聞いてみませんか?」でした。実際に選手たちに聞いてみたところ、選手全員、求めているものが違ったのです。

 声がけしてほしい選手、目で合図をしてほしい選手、何も言わずによい空気をつくってもらうだけでいいという選手……。本当にみんな違う。

 指導者は自分の経験から判断しがちですが、選手に直接聞いてしまうことで解決することも多々あります。私はコーチングをしているときですら、「どういう関わり方がいいのか、わからなくなってきた。あなたはどうしてもらいたい?」と正直に聞くこともあります。

 どのような人生を紡いでいきたいのかは、皆1人1人違います。そして、誰も未来に対する正解を持ち得ていない時代だからこそ、誰かの知識・経験を共有するだけでなく、1人1人の中から湧き出てくる想いやアイディアを丁寧に聴くことが、当たり前の世の中になっていって欲しいと思います。

 そこに素敵な未来へのヒントがあると信じて――。

柘植 陽一郎(つげ・よういちろう)/一般社団法人フィールド・フロー代表。1968年生まれ、スポーツメンタルコーチ。専門はメンタル、コミュニケーション、チームビルディング。KDDIグループにおいて10年間広報に従事した後、2005年にプロコーチとして独立。2006年より本格的にアスリートのサポートを開始。個人競技・団体競技を問わず、プロ・オ リンピック代表から中学高校部活動まで幅広くサポートする。また日本全国で、 選手・指導者・トレーナー・スポーツ関係者に向けてメンタル・コミュニケーショ ン・チームビルディングに関する講演を行っている。著書 に『最強の選手・チームを育てるスポーツメンタルコーチング』(洋泉社)、『成長のための答えは、選手の中にある』(洋泉社)