「横を見ずして前を見ろ」という言葉

 その時のことを大村さんは、「漠然とアメリカに行きたいという気持ちはあるものの、具体的にやりたいことは見えていなかった。もっと言えば、「アメリカ=誰もが羨むキャリア」という医師の世界の常識に囚われていただけだった」と振り返る。

「面白そう」と感じた、自分の直感は「ミャンマー」だと告げていた。しかし、キャリアを棒に振るようなミャンマー行きは、周りの医師たちからは大反対された。

「開発途上国で国際協力をしている医師に対する一般的なイメージは、『何を遊んでいるんだ』というもの。国内でキャリアを積み上げていく道からは外れてしまう。だから、吉岡先生と一緒にミャンマーで働きたい気持ちはあったものの、もし行ってしまったら今後の自分のキャリアはどうなるんだろう、という不安はありました」

 大村さんの決断を後押ししたのは、研修医時代に教わったことのある、アメリカで感染症の専門医として活躍している青木眞先生の言葉。「横を見ずして前を見ろ」というアドバイスだった。横を見ずして前を見ろ? 一体、どういう意味なのか?

「自分と同僚を比べて『あの人は手術を何件やっている』『あの人は昇進した』と比較してしまうのは、横を見ているから。青木先生が言う『前を見ろ』というのは、目の前の患者さんと向き合うこと。しっかり患者さんを診られる医師になれば、その人なりのキャリアが自然と拓けていく、と言ってもらえたのです」

 その言葉に心が軽くなった。そして背中を押されるように、ミャンマー行きを決めた。

「10人中9人がやりたいと思うことをやっても、人生面白くないですよね。誰もやっていないことに挑戦すれば、それが自分だけのキャリアになる。今ならそれが分かります」

 しかし、実際にミャンマーに飛び込んでみると、大村さんを待っていたのは想定を遥かに超えた苦難の数々。大村さんの「寄り道」は、まだ始まったばかり。何度も挫折を味わいながらも、ひらすら「横を見ずして前を見」続けることで、「日本一の名医」へとキャリアを切り拓いていったのだ。(つづく)

“日本一の名医”を育てた「横を見ずして前を見ろ」という言葉ミャンマーでの手術。NPO法人ジャパンハート代表の吉岡秀人先生(左)と