多くの日本人は気づいていなかったが、2000年以降のアメリカでこの100年起こっていなかった異変が進行していた。発明王・エジソンが興した、決して沈むことがなかったアメリカの魂と言える会社の一社、ゼネラル・エレクトリック(GE)がみるみるその企業価値を失ってしまったのだ。同社が秘密主義であることもあり、その理由はビジネス界の謎であった。ビル・ゲイツも「大きく成功した企業がなぜ失敗するのかが知りたかった」と語っている。その秘密を20数年にわたって追い続けてきたウォール・ストリート・ジャーナルの記者が暴露したのが本書『GE帝国盛衰史 「最強企業」だった組織はどこで間違えたのか』(ダイヤモンド社刊)だ。電機、重工業業界のリーダー企業だったこともあり、常に日本企業のお手本だった巨大企業の内部で何が起きていたのか? GEの事業の選択と集中の戦略は、特に学ぶべき対象でありつづけたが、内実は失敗も多かったようだ。それでも手当たり次第の買収が続けられたのはなぜなのか?(訳:御立英史)

買収交渉Photo: Adobe Stock

3日連続の大型買収

 GEの株価は苛立たしいほど低迷し続けた。テレビに出るたびに株価のことを質問されて、イメルトは株価が経営者の成功を測る容赦のない基準であることを痛感した。

 2003年秋、株価はイメルトがCEOに就任した日から23%も下落していた。ウェルチと同様、彼も収益拡大の手段を企業買収に求めた。GEは10月に入ってから3日連続で、大いなる野心を示す3つの動きを見せた。

 まず、140億ドルを投じてフランスのメディア・通信企業、ヴィヴェンディの映画・テレビ資産を買収し、これをNBCに統合してNBCユニバーサルを設立した。GE史上最大の買収である。

 その翌日、フィンランドの医療機器メーカーであるインストルメンタリウムの買収を24億ドルで完了させ、GEヘルスケアの事業をテクノロジーと患者モニタリングの分野に広げる布石とした。

 そして3日目には、英国のライフサイエンス企業、アマシャムを95億ドルで買収することが決まった。その時点で、GE史上2番目に大きな買収だ。

 就任後2年そこそこの若いCEOが率いる、業績に問題を抱える会社にとって、ずいぶん大きな買い物だ。この数ヵ月前にも、オランダの保険大手エイゴンに54億ドルを払って、トランスアメリカ・ファイナンス・コーポレーションの商業貸付事業の大半を買収する合意を取り付けていた。

 矢継ぎ早の動きを悪あがきと見る向きもあった。10月中旬のエコノミスト誌は、「イメルトが穴から這い上がりつつあるのか、穴をさらに深くしているのか、現時点ではわからない」と書いた。

 買収は関連部門にとって戦略的な意味があった。たとえば、アマシャムの買収はGEヘルスケアを医療の最先端に向かわせるもので、未来への長期的な賭けだとイメルトは主張した。だが、そのためにGEが払った対価に納得した人は少なかった。GEは買収のニュースが漏れた前日のアマシャムの株価に、45%のプレミアムを付けて買収したのである。イメルトとシェリンはこの買収を擁護したが、アナリストたちは疑問視した。ウォール街は、GEがこの買収のために自社株を発行したことで、もともと不振な株式の希薄化が進み、GEにとって配当コストが高くなったと指摘した。

 このディールはGEウォッチャーの記憶に残った。このディールでイメルトの交渉能力に疑問符が付いたと語る取締役もいた。イメルトはトレンドを追いかけたが乗り遅れ、払わなくてもよい対価を払ったと見なされた。あるライバル会社のCEOはイメルトについて、「流行を追いかけていただけじゃないかな」と言った。

 ウェルチが行った買収にも批判がなかったわけではない。たとえばNBCの買収では、GEにどんな意味があるのかという疑問の声があった。だが、ウェルチはCNBC〔NBCがニュース通信社ダウ・ジョーンズと共同設立したニュース専門放送局〕が大のお気に入りで、全米のCEO、トレーダー、投資会社が注目するメディアは、株主にGEをアピールするうえで大きく貢献した。ウェルチ自身、CNBCを「ペット・プロジェクト」と呼んで番組に口を出し、ニュース番組のアンカーと友だちのように接した。

企業買収の功罪

 イメルトは常に、断固たる決意を持ってディールに臨んだ。最初のころに手がけた案件のなかに、目覚ましい成果を上げたものがあったのは事実だ。たとえば、破産オークションで、わずか3億5800万ドルで落札したエンロンの風力タービン製造部門などは、GEの主要事業のバックボーンとなり、再生可能エネルギー分野への橋頭堡になった。

 しかし、賭けは負けることのほうが多かった。9・11のあと、イメルトはセキュリティ部門を構築すべく、家庭や企業向けに防犯カメラや火災探知機、その他の関連システムの販売を始めたが、軌道に乗ることはなく、のちに事業を売却している。

 その後もイメルトは買収を続け、水処理事業にも参入した。世界中に水質浄化のためのインフラを構築して儲けるという夢の実現に向けて、GEの営業部隊は、ときには競合することもある複数の技術を携えて、無理な営業攻勢に駆り立てられた。

 手当たり次第に事業を買収して自社の事業に組み入れるイメルトのやり方を見て、ボスはGEの経営マジックの限界を理解していないのではないかと疑う幹部もいた。GEは、コングロマリットならではの多様な事業に対応して、成果を上げられる優秀なマネジャーを育てていると自負していたが、限度というものがある。彼らがあらゆる問題を解決すると期待することはできない。行うべきでなかった買収が引き起こす問題なら、なおさらだ。戦略に合理性がなければ、すぐれたマネジメント・システムもその穴を埋めることはできない。

 だがイメルトには、部下が見せるその種のためらいが我慢できなかった。この時期、収集癖に取り憑かれたような買収に異議を唱えた一人の幹部が会社を追い出されるに及んで、ベテラン社員たちはやる気をなくしてしまった。ウェルチも積極的な売買を行い、ある分野に参入したかと思うと別の分野から撤退したが、そこには全社のオペレーションの価値を高めようとする意図があった。それに対してイメルトは、口さがない人に言わせれば、単に古くさい事業から手を引いて、目新しいものを追いかけているだけだった。イメルト自身は、予期せぬかたちで悪影響を及ぼす可能性のある事業を間引いている、と考えていた。

 イメルトは体育会系の粘りと押しでセールスマンとして成功したが、それにはマイナス面もあった。周囲の評価では、買う側にまわったイメルトは、価格は二の次で、戦略的ストーリーや既存事業との適合性を重視した。買収した企業をいかに統合するか、それによって新しい市場への扉が開けるか、という展望だけが大事で、価格が理由で手を引くことはなかった。それが彼なりの買収の論理だった。部下が自重するよう進言しても、じっとしていられなかった。彼にとっては、疑念を克服する忍耐力こそがリーダーシップであり、その考えに逆らうことは裏切りと見なされた。