レビューの汚染、レビューのバブル

 先行評価があとの評価に影響する傾向をうまく利用すれば、偽の高評価によって全体の評価を高めることもできる。

 たとえば、レディットなどのサイトには、機械学習によって偽のレビューを探知する機能が備わっている。偽のレビューが見つかれば、即、削除される。

 しかし、偽のレビューの影響力は、削除されても完全に消えるわけではない。偽レビューであっても、高評価がされていればあとのレビューには影響するし、あとのレビューは本物なので削除されることはないからだ。

 つまり、偽レビューが一度でも書き込まれれば、あとのレビューはすべて汚染されてしまうことになる。

 誰かの評価があとの誰かの評価に連鎖的に影響していくのであれば、それによって、株価や住宅価格に「バブル」を起こすことも可能である。そうしたバブルの例としては、よくオランダのチューリップ・バブルが引き合いに出される。

 現代では、ソーシャル・メディアがあるため、バブルを組織的、意図的に起こすこともできるので、あちこちで頻繁にバブルが起こるようになった。その影響はあまりに大きく、広範囲に及ぶので、私も完全に理解しているとは言えない。

世論調査の報道が投票率に影響を与える

 選挙を例に考えてみよう。2012年のアメリカ大統領選挙のさい、私たちは人々の投票行動に他人の影響がどの程度あるのかを調べた。その結果はすでに発表している。これまで述べてきたとおり、人間は、他人が何か(誰か)を高く評価しているのを見ると、それに驚くほど大きな影響を受ける。

 私はラジオで、当時のオバマ大統領の支持率が報道されているのを聴きながら「この数字は、聴いている人の投票行動に影響しないのだろうか」と思ったのを覚えている。他人の評価を見ることの影響の大きさを実験で確かめたばかりだった私は、そう思わずにいられなかったのだ。

 マスコミは世論調査をして、選挙の行方を予想し、それを報道する。報道が選挙結果を左右することはないのか。

 私の同僚の政治学者は、世論調査の報道が投票率に影響することを証明した。

 自分が支持する候補者が有利だとわかれば、「この分だと負けることはない。だから自分は投票に行かなくてもいいだろう」と考える人がいる。

 私たちの実験結果からも、他人の動向が、投票先だけでなく、そもそも投票に行くか否かにも影響することは予測できる。私たちの実験では、投票行動そのものに焦点を合わせたわけではなかったが、投票にかぎらず、おそらくあらゆる人間の行動に同様の傾向があると考えられる。

 投票だけが影響を免れると考えられる理由は何もない。フェイスブックでの実験結果からもそれがわかる。

先行評価の影響力を弱めるための対抗措置

 この問題には「先行する評価を開示せずに隠す」という対策が考えられる。少なくとも、商品や人への評価が定まり、簡単に大きく変わることがない、という状態になるまでは開示しないようにするのだ。

 たとえば、私たちが評価への社会的影響についての研究結果を発表してから数カ月後、レディットは、投稿への評価をはじめのうちは非開示とするように仕様を変更した。評価が数百件ほどに増えるまでは見ることができないようになったのだ。

 先行する評価が非開示になっていれば、ユーザーは他人に影響されずに自分の判断で評価ができる。個人の独立が保たれるということだ。

 評価件数がある程度増えれば、もうその後に全体としての評価が大きく揺らぐことはないので、開示しても問題はない。レディットはこれを、評価への社会的影響を防ぐとともに、偽評価を防止するための措置だとしている。

参考文献:(1) Nan Hu, Paul A. Pavlou, and Jie Jennifer Zhang, “Why Do Online Product Reviews Have a J-Shaped Distribution? Overcoming Biases in Online Word-of-Mouth Communication,” Communications of the ACM 52, no. 10(2009): 144-47; Nan Hu, Paul A. Pavlou, and Jennifer Zhang, “Can Online Reviews Reveal a Product's True Quality? Empirical Findings and Analytical Modeling of Online Word-of-Mouth Communication,” in Proceedings of the 7th ACM Conference on Electronic Commerce(New York: ACM, 2006), 324-30.

(本記事は『デマの影響力──なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?』を抜粋、編集して掲載しています。)