混沌を極める世界情勢のなかで、将来に不安を感じている人が多いのではないだろうか。世界で起きていることを理解するには、経済を正しく学ぶことが重要だ。とはいえ、経済を学ぶのは難しい印象があるかもしれない。そこでお薦めするのが、2015年のギリシャ財政危機のときに財務大臣を務めたヤニス・バルファキス氏の著書『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』だ。本書は、これからの時代を生きていくために必要な「知識・考え方・価値観」をわかりやすいたとえを織り交ぜて、経済の本質について丁寧にひも解いてくれる。2022年8月放送のNHK『100分de名著 for ティーンズ』も大きな話題となった。本稿では本書の内容から、市場社会のメリット・デメリットと借金が富を生み出すようになるメカニズムについてわかりやすく伝えていく。(構成:長沼良和)
お金で「買えるもの」と「買えないもの」がある
現代社会では、ほとんどのものはお金があれば手に入る。製品やサービスはもちろんのこと、教育、安心、育児…等々、何から何まで。
お金があれば買えるものは「商品」と呼ばれ、市場でやり取りされている。
一方で、お金では買えないものがある。人間関係の中で生み出される信頼感や楽しい体験、懐かしい思い出、両親からの愛情、他人に対する親切な気持ち、といったものだ。
たとえば赤信号になりそうなとき、杖をついたご老人が渡りきれなさそうだったら手助けをしてあげる。そんなときにお金なんて請求しない。
「ありがとう」と言ってもらえるだけで、あたたかい気持ちになれるものだ。お金にはならないけれど、かけがえのない経験をしたことになる。
お金で買えないものの価値を考える
お金で買える商品は、市場で交換できる「交換価値」があり、お金に代えられないものには「経験価値」があるといえる。
現代はほとんどのものが商品化されてお金で買えるようになった。そのため、市場での交換価値ばかりが尊重されている。
反面、お金では買えない経験価値が軽んじられているように見える。
しかし、本当にお金で買えるものだけに価値があり、値段のつかないものには価値がないのだろうか?
市場社会化してすべてが商品になって起こること
産業革命前までは、「交換価値」と「経験価値」は対等の存在だったが、世の中が市場社会になるにつれて、お金で売り買いできる「交換価値」が優位になっていった。
当時の経済は、村や町単位で回っていた。ご近所付き合いをしている知り合いの中で経済が完結することが多かった。
信頼関係ができていて、卵と魚を交換したり、靴を修理してあげる代わりにパンを焼いてくれたりしたこともあったかもしれない。
お金のあるなしは関係なく、お互いに助け合って豊かな生活を過ごしていた。
ところが、社会全体が「市場社会」化すると、存在するほとんどのものが「商品」として売買対象になる。
その中には、生産に必要な3要素である「原材料」「土地」「労働力」も含まれるようになった。
ここで、革命が起きた。
産業革命の原動力は意外なものだった
事業を起こすには、土地や建物を借り、原材料を仕入れ、働いてくれる労働者を雇わなければならない。それにもお金が必要とされるようになったとしたらどうなるか?
事業を起こそうとする者は、それらを手に入れるためにまず資金集めをしなければならなくなったのだ。
つまり、最初に借金をするところからスタートするようになった。
借金して工場の賃料を払い、そして原材料を購入して、労働者に賃金を払う。そして、事業を回して商品を売って利益を得ることで、その一部で借金を返済していく。こうして産業革命は起こった。
現代の起業家とまったく同じことを、すでに人は産業革命のときに行っていたのである。
市場社会では借金は富を生み出す原動力
借金をすることは、現代ではあまり良い印象がない。お金を借りるときには、なんとなく後ろめたさを感じる。
なぜ借金に良い印象がないかというと、その一因に「利子」の存在がある。
借金をしたら、返済するときにかならず利子も一緒に払うことになる。時間が経過するにつれて、どんどん利子がかさんでくることも借金のイメージを悪くしている。
事業を起こすには先立つ資金が必要だから、起業家たちは利子を払うことを了承した上で借金せざるを得なくなる。その借金を使って事業を回して利益を生み出す。
結局、市場社会でものを生産するには、借金という潤滑油が必要になってしまった。
そもそもこうなったのは、世界が市場社会になって、誰もが利益を追求するようになったから。利益が出ないと借金の返済できなくなるという悪循環が生まれてしまったのである。