デザイナーよ、「越境」を志向せよ

「絵で考える」デザイナーの力で、ビジョンやパーパスに血を通わせるManabu Mizuno
クリエイティブディレクター/クリエイティブコンサルタント。good design company 代表取締役。
ブランドや商品の企画、グラフィック、パッケージ、インテリアデザイン、広告宣伝、長期的なブランド戦略までをトータルに手がける。主な仕事に相鉄グループ全体のクリエイティブディレクション及び車両・駅舎・制服等、熊本県「くまモン」、JR東日本「JRE POINT」、中川政七商店、久原本家「茅乃舎」、黒木本店、Oisix、NTTドコモ「iD」ほか。2012-2016年度 慶應義塾大学環境情報学部(SFC)で特別招聘准教授を務める。The One Show金賞、CLIO Awards銀賞、London International Awards金賞ほか国内外で受賞歴多数。著書に『センスは知識からはじまる』(朝日新聞出版)、山口周氏との共著『世界観をつくる 「感性×知性」の仕事術』(朝日新聞出版)など。 Photo by KOHEI SOEDA

――デザインとエンジニアリングの融合も進んでいるように思います。

 デザインとエンジニアリングは、もともとセットだったものです。特にプロダクトデザインの領域では、機能と見た目は分かち難く融合しています。もっと大きなスケールでいうと、70年代に開発された岩手県の安比高原スキー場は、亀倉雄策さん(1964年の東京オリンピックのロゴやポスターのデザイナー)がアートディレクターとして全面的に関わっています。グラフィックデザイナーのイメージが強い人ですが、スキーコースの設計も、ランドスケープも、ホテルや街づくりも手掛けているのです。

 両者が分断したのは、80年代から2000年代の広告全盛期です。広告代理店と宣伝部主導の時代が30年近くも続いたことで、たくさんのデザイナーが広告の専門家になっていきました。もちろん広告が悪いわけではありません。しかし、デザイナーの活動領域を限定したことは否めません。

 僕は90年代に美大でグラフィックデザインを学んだので、やはり広告に憧れていました。中でも、大貫卓也さんの「hungry?」や「ペプシマン」のようなCMは大好きでした。でも、社会に出て独立してからは、マス広告をバンバン打つ資金力のない企業の仕事が中心になり、広告以前にやるべきことが多いと気付きました。商品やサービスはもちろん、名刺一枚に至るまで、ユーザーとのタッチポイント全てがブランドを形成します。服を選ぶ前に、まずは体を鍛えないといけないわけです。

 経営にまつわるデザインを大きく分けると、機能のデザイン、装飾のデザイン、そして、ブランドとして世界観を形作る意味のデザインの三つがあると思います。機能や装飾のデザインだけに閉じこもっていては、意味をデザインすることはできません。デザイナー自身が複数の領域を越境するか、ディレクターとして異なる領域に架橋するか。いずれにせよ専門性を越えていく姿勢が求められると思います。

――若いデザイナーには、そのあたりの意識の変化は感じますか。

 それはありますね。僕は16年度までSFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)で、特別招聘准教授としてデザインを教えていたのですが、最近「SFCの授業、受けてました!」と言うデザイナーによく会うんですよ。考えてみたらこれも「越境」ですよね。美大出身者だけがデザイナーになる時代ではなくなっているのです。

「絵で考える」デザイナーの力で、ビジョンやパーパスに血を通わせるPhoto by KOHEI SOEDA

――デザイナーが経営者との共通言語を作るためのコツはあるでしょうか。

 一つは、デザイナーがインタビュアーになることだと思います。僕がこのインタビューで質問を受け、何かが引き出されているように、経営者との対話では、僕はインタビュアーとして何かを引き出しています。

 ちょうど今、ある事業のネーミングに関わっていて、その会社の社長の話をじっくり聞いているところです。その事業はどのように生まれたのか、今後どうなるのか。なぜこの機能から始めたのか、次にどんな機能を加えるのか……。そういった質問を重ねていくと「え!」と驚くような意外な話が出てきて、新しい興味が湧いてくる。それを自分なりに調べることで新しい知識が増え、それがまた話すネタになっていく。

――疑問が知識を欲して、知識によって疑問が生じて……スパイラルが回っていく。

 知識と「興味の幅」の掛け合わせだと思うんですよ。僕は「何で?」と思ったことを放っておけません。それが僕の特性、といってしまえばそれまでですが、知ろうという姿勢は誰でも持てるのではないでしょうか。デザイナーだからデザイン以外のことは何も知らない、というのはあまりに興味の幅が狭い。ブランディングに携わるなら、経済ニュースを読んでいるのは当然のことです。しかし現実には、社会を動かしているものに興味が不足しているデザイナーも少なくありません。それは、デザイナーにとっても非デザイナーにとってももったいないことだと思います。