つわりが心配で妊娠をためらうCさん

 こちらは女性特有の悩みですが、嘔吐恐怖症があることで「結婚や妊娠に対して前向きになれない」という声も届きます。具体的には妊娠時に「つわり」が出ることへの恐怖から、なかなか人生を前に進めることができないと悩む人が多いのです。

 30代女性のCさんも、このことに悩んでいました。Cさんは、数年前の旅行先で気持ち悪くなった経験から、吐くことに対しての恐怖が強く出るようになりました。

 そこから「旅行に行きたいけれど旅先での食事の場や飛行機で吐いてしまわないか」といった不安など「吐くこと」への恐怖や嫌悪が強くなりすぎて、きっと本来なら楽しいはずの場を避けることも多々あったといいます。

 さらには「今年、結婚する予定なので、妊娠も望んでいるのですが、つわりや生まれた子どもが吐くことを想像すると、恐怖が勝ってしまい、一歩踏み出せないでいる」とも、おっしゃっていました。

 人によっては、妊娠してつわりを頻繁に経験することで、吐くことへの恐れが少しずつ軽減されていったケースもあるのですが、女性の場合は嘔吐恐怖症があることが、人生を前に進めるブレーキになることがあります。

 実際のところ、嘔吐恐怖症に悩んでいる女性の方に向けて「妊娠することに対してどれくらいの恐怖があるか」を回答してもらうと、多くの方が「100点」に近い点数をつけていました。

 これに似たようなケースで、学生の方のなかには「保育士や小学校の先生になりたい」など、小さい子どもとかかわる仕事をしたい一方で「子どもが吐いたときに、パニックになってしまうことを想像すると、将来の夢を諦めなければいけないのか」という葛藤をされている方も多いです。

周りに理解されないことへの苦しみ

 当事者の方は「周りに理解されにくい」という苦しみを抱えています。

 やっとの思いで、家族などに悩みを打ち明けても「誰だって吐くことはこわい」などと言われてしまい、なかなか当事者が抱えている深刻な悩みが理解されないのです。

「気持ち悪くなったら、吐いてしまえば楽になるよ!」などと言われることもありますが、当事者としては、それ自体がとてもこわいからどうしようもないのです。

 また、嘔吐恐怖症に悩む方の多くは、「健康そうな人」にも見えます。「嘔吐恐怖症に悩んでいるかどうか」は見た目では判断することが難しいですが、本当は日々、症状と戦いながら、毎日仕事をしていたり、プライベートでも友達と遊んだりしていることも多いのです。しかし、実際には日常生活への大きな支障が出ることに大変悩まれています。

 本書では「嘔吐恐怖症のメカニズム」についてお伝えしていきますが、本書を通して「嘔吐恐怖症」を世の中に広くお伝えすることで、少しでも認知が広がり、発症のきっかけを与えてしまうことを防いだり、理解のある人が増えたりするとよいなと考えています。

(本書は『「吐くのがこわい」がなくなる本』〈山口健太著、福井至、貝谷久宣監修〉を抜粋、編集して掲載しています)

★本書は以下に当てはまる方におすすめです。ぜひチェックしてみてくださいね。

・「吐くのがこわい」「気持ち悪くなるのがこわい」と日常で感じることが多い人
・人が吐く場面や吐瀉物などに尋常ではない恐怖感を抱く人
・嘔吐恐怖症のカミングアウトをしたいが、どうすべきか迷っている人

【著者】山口健太(やまぐち・けんた)
一般社団法人日本会食恐怖症克服支援協会代表理事、カウンセラー、講師。
2017年5月に同協会を設立(アドバイザー:田島治杏林大学名誉教授、はるの・こころみクリニック院長)。自身が社会不安障害の一つの「会食恐怖症」に悩んだ経験を持ち、薬を使わず自力で克服する。その経験から16年12月より会食恐怖症の方への支援活動、カウンセリングをはじめる。その中で関連症状の「嘔吐恐怖症」の克服メソッドを研究。これまで1000人以上の相談に乗り改善に導いてきた。主催コミュニティ「おうと恐怖症克服ラボ」では、会員向けに克服のための情報を発信している。著書に『会食恐怖症を卒業するために私たちがやってきたこと』(内外出版社)、『食べない子が変わる魔法の言葉』(辰巳出版)などがある。
【監修】福井 至(ふくい・いたる)
東京家政大学人文学部心理カウンセリング学科・東京家政大学大学院教授。和楽会認知行動療法センター所長、公認心理師・臨床心理士、博士(人間科学)。
1982年、早稲田大学第一文学部卒業。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程心理学専攻単位取得退学。札幌大学女子短期大学部助教授、北海道浅井学園大学人間福祉学部助教授、東京家政大学文学部助教授を経て、2008年より現職に至る。編著書に、『図説 認知行動療法ステップアップ・ガイド−治療と予防への応用』(金剛出版)、『図解による学習理論と認知行動療法』(培風館)などがある。
【監修】貝谷久宣(かいや・ひさのぶ)
京都府立医科大学客員教授。医療法人和楽会理事長、パニック障害研究センター所長。医学博士。
1968年、名古屋市立大学医学部卒業後、ミュンヘンのマックス・プランク精神医学研究所に留学。岐阜大学医学部助教授、自衛隊中央病院神経科部長を経て、93年、なごやメンタルクリニック開院。97年、赤坂クリニック理事長となる。パニック障害や社交不安障害治療の第一人者として、幅広く活躍中。『健康ライブラリー イラスト版 非定型うつ病のことがよくわかる本』(講談社)、『よくわかるパニック障害・PTSD−突然の発作と強い不安から、自分の生活をとり戻す』(主婦の友社)、『気まぐれ「うつ」病−誤解される非定型うつ病』(筑摩書房)など、著書・監修書多数。