20世紀最大の文化人類学者と呼ばれるクロード・レヴィ=ストロースは、『野生の思考』(みすず書房)の中で、その場にある道具や材料を本来の用途とは異なる使い方で利用することで、目の前の問題に対処することを「ブリコラージュ」と名付けた。この臨機応変な行為には創造性と発想力が要求され、正確な情報や設計図に基づく「エンジニアリング」とは対極にあるという。

 現在、エンジニアリングの最終形の一つがAIである。しかし、目的が明確で、正確な情報がインプットされた場合に限られる。機械学習が進歩しているとはいえ、ゼロから1を生み出す創造性を、AIはまだ持ち合わせていない。ブリコラージュは、たとえば直感、機転、ひらめき、感性やセンスといった人間固有の暗黙知や身体知を源泉としており、多くの仕事や役割がAIに代替されていく時代にあって、人間に残された大きな可能性の一つだろう。

 最終成果物の売上げ以外に定量的な評価が難しいクリエイターやアーティストの仕事は、ブリコラージュに通じるところがある。エンターテインメントの世界は、エンジニアリングのような設計図では表現できないし、費用対効果もはっきりしない。また、過去のトラックレコードが必ずしも成功を保証しない世界でもある。マーケティングデータを駆使したハリウッドの超大作映画が大コケしたり、一流どころを集めたドリームチームの作品が凡庸な結果に終わったりするのは、それほど珍しい話ではない。それでもビジネスである以上、何らかの方法で人間の創造性から付加価値を引き出そうと、ポートフォリオや定性的な評価指標などのツールを活用してきたが、いまだ決定打はない。

 こうした一筋縄ではいかない業界とはいえ、エンターテインメント産業の存在感は年々増している。総務省の『令和4年版情報通信白書』によると、2020年度の日本国内の映像、ゲーム、音楽、コミックなどのコンテンツ市場規模はおよそ11兆8000億円に上る。これは、携帯電話市場の12兆7000億円(主要4社の売上高合計)や、半導体・電子部品・デバイス市場規模の9兆9000億円に比肩する規模である。近年は少子化や人口減の影響から、国内市場では停滞が始まっているが、海外市場が成長しており、海外における日本発コンテンツの売上高は2兆円を超えたという。

 日本の新たな〝稼ぎ手〟としての期待が寄せられるエンターテインメント産業において、バンダイナムコはそのトップランナーの一社である。「機動戦士ガンダム」「パックマン」といったキラーコンテンツに加え、「たまごっち」「アイドルマスター」など、大ヒットを記録したオリジナルコンテンツを数多く生み出してきた。また「ドラゴンボール」「ワンピース」「ウルトラマン」「プリキュア」などの人気コンテンツのライセンスを受けた商品・サービスも多数展開している。

 これら豊富なコンテンツを基盤に、デジタルゲーム、トイホビー、ライブエンターテインメント、アニメーション、アミューズメント施設など、その事業ポートフォリオは多彩であり、しかも成功確率や将来性が読めないという難しさを抱えている。

 こうした不確実性の高いエンターテインメント産業で、バンダイナムコはなぜ好業績を続けているのか。クリエイターをはじめとする社員の能力をいかに引き出し、創造性や感性といった無形資産を付加価値に転嫁させているのか。代表取締役社長 グループCEOの川口勝氏に「創造性のマネジメント」の要諦を聞く。

ボラティリティ耐性を高める
データ分析と定番コンテンツ

編集部(以下青文字):最高業績を更新し続けています。特に昨2021年は、アクションロールプレイングゲーム「エルデンリング」の世界的大ヒットなどにより、利益を大きく伸ばしました。さて、エンターテインメント商品は需要予測が難しく、事業のボラティリティが非常に高いという特徴があります。しかも、過去の大ヒット作をトレースしても、同じ結果を期待できない。そうした難しい市場にあって、なぜコンスタントにヒットを生み出すことができるのでしょうか。

創造性の森を育む人的資本のマネジメントバンダイナムコホールディングス
代表取締役社長グループCEO
川口 勝
MASARU KAWAGUCHI
1960年神奈川県生まれ。1983年駒沢大学経済学部卒業後、バンダイに入社。福岡営業所長、執行役員ベンダー事業部ゼネラルマネージャー、取締役流通制作担当、常務取締役ホビー事業担当、専務取締役トイ事業担当などを歴任後、2015年8月より同社代表取締役に就任。2020年4月にバンダイナムコホールディングス副社長を経て、2021年4月より現職。入社時から同社の主力IP「機動戦士ガンダム」に携わり、トイホビー事業を中心に、さまざまな経験を持つ。幅広い事業ポートフォリオを持つ同社を、世界で勝てる総合エンターテインメント企業へと飛躍させるため、大胆な戦略投資を実践している。

川口(以下略):2022年2月に発売したエルデンリングのヒットは想定を大きく上回るものでした。当初は同年3月末までに400万本の出荷本数を見込んでいたのが、結果は1300万本を超える大ヒットとなりました。我々にすれば嬉しい誤算ですが、このような上振れもあれば、当然ながら下振れする商品・サービスもあります。

 バンダイナムコでは、ゲーム、映画やアニメ、これらに登場するキャラクターなどを、総称してIP(intellectual property)と呼んでいます。実は、2020年度を締めくくりとする前の中期計画では、新たなIPの創出に向けて、かなりの投資を行いました。あいにく、必ずしもすべてがうまくいったとはいえません。ヒットするかどうか、どの程度のヒットになるかは、残念ながら我々も読み切れないのです。

 もちろん、ヒットの確率を上げる方法がないわけではありません。まずはデータの活用です。特に進んでいるのがスマホゲームで、たとえばあるタイトルでは、ゲーム開始から一定時間内に必殺技を使えないユーザーはゲームを継続しない確率が高いといったことがわかっています。このようなプレーヤーの行動分析から得られた知見をゲーム開発に活用する手法はかなり進んでいます。

 データ活用のほかにも、打率を上げて業績を安定させる方法があるのでしょうか。

 ボラティリティへの耐性強化という点からすると、長年にわたって愛され続けている作品の蓄積が業績に大きく貢献します。バンダイナムコにおけるIP別の売上高を見ると、上位を占めるのは10年以上の歴史があるIPが多く、パックマンやガンダムのように40年以上続くIPもあります。本当によいものは時間が経っても色あせることなく、何世代にもわたって支持されています。定番IPは効率よくヒットを生み出し、業績を安定させる孝行者です。

 ですから、IPの価値を高めて寿命を延ばす努力や投資は惜しみません。人気があればあるほど将来への期待は高く、シリーズものであれば過去の作品を上回ることが望まれます。それゆえ、その期待を裏切らないクオリティを追求し続けていく努力が欠かせません。

 一方で、こうした定番IPに依存しすぎることは大きなリスクでもあります。特定のIPに偏りすぎると、新鮮な才能が育たず、イノベーションが生まれてこない。定番IPの蓄積を活かして安定基盤を厚くしながら、次の稼ぎ頭となる新たなIPを、自社だけでなくさまざまなパートナーとともに生み出していく。この両輪が同時に回ることで、初めて持続的な成長が実現されると考えています。