(2)元部下を協力者として使った

 田辺容疑者がスパイなら、彼はデータの持ち出しに協力させた元部下の口封じをしてしまわなければ安心して眠れないはずだ。自分のIDでログインしてデータをダウンロードすると拙いと気付いて部下を使ったのか、単にシステムやデータの扱いが苦手だったのか。実際の事情は分からないが、他人の協力を仰いだ時点で「重要データの持ち出し」を将来露見しない完全犯罪にできる確率は大きく低下している。

 それにしても、田辺容疑者の「自分は部下に裏切られないだろう」という自信には恐れ入る。社長という生き物はだいたい自信過剰にできており、自分が思っているほどの「人望」など持っていないのが通例だが、実例を見せられると改めて驚く。

 なお、社長でなくとも旧世代の人(意識の上で)には、自分が面倒を見た(と自分で思っている)部下に対して、常識的な警戒心を欠いている人が少なくない。この際、注意を申し上げておこう。

(3)USBメモリーにデータを保存した

 データは何かに保存する必要があったのだろうが、USBメモリーとは何とも素朴だ。捜査当局好みの動かぬ物的証拠だ。

 教訓にもならないくらい拙いが、「USBメモリーのようなものに大事なデータを入れて持っている自分」が、かなりまずい状況にあることに自ら気付くべきだ。

(4)重要情報から作った資料を社内で複数の部下と「共有」した

 新たにカッパ社の社長となった田辺容疑者は、早く成果を上げたかったのだろう。「社長」は少し特殊かもしれないが、転職者が功を急ぐ気持ちはよく分かる。

 しかし、重要情報を使った資料を複数の部下と「共有」したのは明らかにまずかった。部下の中には、新社長に対する忠義よりも社会一般のビジネス倫理を重視する人(良き社会人である。見習うべし)がいるかもしれない。

 また、社長に限らず転職者は、必ずしも転職先の社員から好意的に見られているわけではない。むしろ周囲の敵意やあら探しの視線の先に自分がいる場合が多いことを自覚するべきだ。この点の認識が不足している転職者は少なくないが、情報の扱い以外にあっても注意が必要だ。