リキッド消費では製品やサービスが“役に立つこと”に価値が置かれる。たとえば、絵画などの芸術品は、本来その存在自体に価値がある。しかしリキッド消費傾向の強い人は「絵画を見ていると癒やされるから価値がある」という見方をする。つまりツールとしての価値が重視されるのだ。

「これらの特徴は、さまざまな製品やコンテンツをその時々で楽しみたい『バラエティー型』のタイパ志向と親和性が高い。ですから、人々のリキッド消費傾向が高まった結果、タイパ志向という現象が表れたと考えるのが自然です。ちなみに、リキッド消費の対局として、モノを所有し、長く使う『ソリッド消費』という消費スタイルも存在します。ただ、世の中全体が伝統的なソリッド消費からリキッド消費に移行したというのは誤りです。以前はソリッド消費ばかりだったが、ソリッド消費もリキッド消費もある時代になった、つまり消費スタイルの幅が広がったと捉えるのが適切です」

 Z世代がタイパ志向を好む背景には、リキッド消費の高まりという消費行動の変化が隠れていたようだ。

 実際、市場調査を行うインテージ株式会社の調査(*)によると、若い年代ほどリキッド消費傾向が強いことも明らかになっている。たとえば、50~59歳男性の場合は20.8%がリキッド消費をしているのに対し、20~29歳男性はおよそ倍の40.1%。

 同社はこの結果を受けて「今後社会全体に占めるリキッド傾向の強い消費者(リキッドクラスター)の割合は大きくなっていくだろう」と予想している。

(*)…「定量調査データで見るリキッド消費の実態」株式会社インテージ/調査時期:2021年4月/対象:20~69歳の男女2300名

リキッド消費時代において
顧客の“囲い込み”は危険

「企業はこれから、タイパ志向を含めたリキッドクラスターに焦点を当てていくはず。ただ、彼らはバラエティー型でいろいろ楽しみたい、気まぐれな人々なので、製品やサービスに対するロイヤルティーが低い傾向があります。これは『顧客に愛され続けること』や『商品を買い続けてもらうこと』を目指す企業にとって、深刻な課題となります」

 そのためリキッドクラスターに向けた商品、サービスの開発が必須となる。しかし、ごく新しい潮流のため、多くの企業が最適解を模索中だろう、と久保田教授。

「リキッドクラスターに向けて『囲い込み(lock in)』という手法に出るのは危険です。リキッドクラスターが好むのは、“不即不離”(つかず離れず)の関係です。いろいろな製品やコンテンツを楽しみたいけれども、べったり深く付き合うのは嫌だと思っている。囲い込みとは“顧客を逃げ出せなくしよう”とする手法ですから、身離れの良い関係を好む彼らにとって、もっとも避けたいものです。そうした心理を読み取れず、土足で踏み込むような手法をとれば、いずれ愛想を尽かされてしまうでしょう」

 タイパ志向やリキッド消費を“若者だけのもの”と油断していると、企業は足をすくわれるかもしれない。

<識者プロフィール>
久保田進彦氏:青山学院大学経営学部マーケティング学科教授。明治学院大学経済学部卒業後、サンリオに勤務した後、早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得。博士(商学)。専門分野はマーケティング、ブランド・マネジメントなど。近年はリキッド消費の研究に尽力。