大声で叱る上司の行為が
部下の成長につながらない理由

 さらに村中氏は、「本来、職務上で部下を大声で叱る必要性は、まったくないはずだ」と指摘する。

「そもそも、いくら声を荒らげて叱責したところで、相手の学びや成長につながることはありません。叱ることが役立つのは、目の前で起きている事象に、一時的に対処したいときだけです。たとえば、子どもが熱いものに触ろうとしているときに『離れなさい!』と大声で言うことで、けがが回避されるような効果はあります。しかし、だからといって、その後子どもが二度と熱いものに触れなくなる、という”学び”を得るわけではないんです」

 業務のなかで叱られる場面は、部下のミスのせいでトラブルが起きたなど、何か事件が発生したあとのことが大半だ。業種にもよるが、ビジネスシーンにおいて、部下の命の危機を感じて何かを中断させなければならない場面は、そう多くはない。

「なかには、叱られてすぐに謝罪したり、言われたことをそのまま行動に移したりする部下もいるでしょう。しかし、それは動物の本能に基づいた対処にすぎません。人間は熊に襲われそうになると『Fight or Flight(戦うか逃げるか)』の思考になる。その思考は執拗(しつよう)に叱責されたときにも起こるものの、さすがに職場で実際に上司と取っ組み合ったり、ダッシュして逃げたりすることは難しい。となると、その状況を最も早く切り上げて逃げる策は、相手の指示に素直に従うことになります」

 叱る人の言うことを聞くのは、本能的な判断によってその場を切り抜けるためにすぎないのだ。当然、この時の人間の理性や知性といった思考回路はシャットダウンされており、反省して次に生かそうという考えもない。

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村中直人 著
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「こうした事実は、すでに心理学や脳科学の分野で明らかになっていることなのに、実社会にまるで生かされていない。本来であれば、そもそも職場で大きな声を出す上司のほうが非難されるべきはずです。そもそも、部下を叱責するような事態になるのは、部下がミスを犯さないようなマネジメントができなかった上司の責任でもある。『部下を叱るなんて、あの人は能力不足だ』と思えるような社会に変わっていくことが、今後パワハラ問題を解消するために重要だと考えます」

 叱る行為への認識が見直されるには、管理職向け研修などで「叱ることは成長につながらない」と伝えていくのも有効だという。時間はかかるにせよ、今後は「職場で叱っている人ってダサい」くらいの認識が広がっていくべきなのかもしれない。