なぜ、「正論」を主張しても、組織は1ミリも動かないのか? 人と組織を動かすためには、「上司は保身をはかる」「部署間対立は避けられない」「権力がなければ変革はできない」といった、身も蓋もない現実(人間心理・組織力学)に対する深い洞察に基づいた、「ヒューマン・スキル」=「ディープ・スキル」を磨く必要があります。4000人超のリーダーをサポートしてきたコンサルタントである石川明さんが、現場で学んできた「ディープ・スキル」を解説します(本連載は『Deep Skill ディープ・スキル』(石川明・著)から抜粋・編集してお届けします)。

「平凡な能力」でも成功するために大切な“たったひとつ”のこと写真はイメージです。 Photo: Adobe Stock

「弱者」でも抜擢されるポジショニング戦略

 組織のなかで力を発揮したい――。

 これは、ビジネスパーソンであれば誰もが願うことでしょう。

 そのために、誰もが「能力」を高めるために努力をしています。もちろん、この努力は不可欠です。しかし、ほとんどの人の「能力」は“どんぐりの背比べ”であるのも現実であり、努力だけで“抜きん出た存在”になるのは極めて難しいでしょう。

 そこで重要になるのが、組織の中における「ポジショニング」です。

「自分の存在」をアピールし、「自分の価値」を最大化するために、「何を武器に働くか?」「何の専門性を磨くか?」などの選択に工夫を加え、周囲の中で際立つ「特徴」をつくり出すことを強く意識する必要があるのです。

 まず大切なのは、「ほかの人と同じことをしない」ということです。

 当然のことですが、周囲の人たちと「同じこと」をしていても、際立つ「特徴」をつくり出すことなどできません。

 もちろん、圧倒的な能力をもっているのであれば、大勢の中で「際立つ」ことはできるかもしれませんが、そのような人はごくごく限られた存在です。少なくとも、私はそのような能力には恵まれていません。

 実際、リクルート本社の「新規事業開発室」に異動になった直後は、強烈な個性をもつ優秀な同僚の企画マンたちに囲まれて、文字通り“身の縮む”ような思いでした。「すごいなぁ」と感心するばかりで、正面からぶつかっていっても敵うような人たちではありませんでした。「弱者」である私は、「彼らと同じことをしても勝てっこない」と認めるほかなかったのです。

「強者」と同じ武器で戦ってはならない

 運がよかったのは、私が子どもの頃から、こうした「戦い方」に慣れ親しんでいたことです。

 私は子どもの頃、身体があまり大きくありませんでした。そのため、例えば友達と相撲を取るときも、真正面から組み合っても勝ち目はありません。だから、立ち合いでヒョイと身体をかわして、相手の太ももに食らいついたり、相手の背後に回り込んだり、あの手この手の奇襲作戦を考えました。体格で劣る「弱者」である私にとって、「相手とは違う戦い方」をするしか勝つ方法はなかったのです。

 それと同じ要領で、優秀な同僚たちとの「戦い方」に思いを巡らせました。自分がもっているもので、彼らにない「武器」は何か? そんな観点で周囲を観察していて気づいたのは、企画の仕事において各種調査データを分析・活用することが不可欠であるにもかかわらず、「調査スキル」に長けた人がほとんどいないということでした。

「これだ!」と思いました。

 異動前に配属されていたグループ企業は、企業のマーケティング調査などを請け負う業態でしたから、そこの営業マンとして、私は「調査スキル」を磨いていました。このスキルを「武器」にすれば、「存在感」を発揮できるはずだと考えたのです。

 これが、非常に効果的でした。何度か「調査スキル」で先輩たちの仕事に貢献することで、組織の中で「石川は調査に強い」というポジションを確立することによって、あちこちから「手伝ってほしい」とか「相談に乗ってほしい」などと声がかかるようになったのです。「調査スキル」をもつ人材がほかにいなかったために、私という存在に「希少価値」が生まれたわけです。

 私の場合は、たまたま「調査スキル」が「武器」になりましたが、「英語」でも、「エクセル」でも、「法律知識」でも、何でもかまいません。組織の中で希少価値のあるスキルを「武器」にすることができれば、「自分の価値」を劇的に高めることができるのです。

ローコストで「自分の価値」を高める方法

 あるいは、こんなポジショニングもしました。

 新規事業開発室で仕事を始めてしばらく経った頃のことです。当時、広告収入で成立する情報誌ビジネスについて検討していたのですが、それまでほとんど誰も着目していなかった「折り込みチラシ」の市場に着目することにしたのです。もちろん、その市場に大きな可能性があることに気づいたのが最大の理由でしたが、同時に、そこにほとんど「競争相手」がいないことも大きな理由でした。

 当時の社内には、新聞広告や雑誌広告の市場については詳しい人がたくさんいたのですが、「折り込みチラシ」について研究している人があまりいなかったので、自分の「ポジショニング戦略」にとっても有利だと考えたのです。

 なぜなら、ローコストで「自分の価値」を高めることができるからです。

 例えば、新聞広告や雑誌広告など、すでに多くの社員が研究しているテーマであれば、その研究レベルは「10分の8」くらいまでは進んでいるはずで、その「8」を「9」に、「9」を「10」に上げるのは、かなりハードルの高いことです。

 ところが、まだ誰も研究していないテーマであれば、「1」を「3」に、「3」を「5」に高めていくのは比較的簡単。にもかかわらず、そのテーマについては、社内ナンバーワンのポジションを取れるわけですから、より少ないコストで「自分の価値」を最大化する絶好のチャンスだと思ったわけです。

 そして、この狙いは当たりました。

 先行的に「折り込みチラシ」の研究に着手したおかげで、エリアごとに特化したアプローチをとるマーケティング手法である「エリアマーケティング」に対する知見については、社内トップクラスの存在としてポジションを確立。その後、リクルートがエリアマーケティングに注力し始めると、さまざまな部署から「手伝ってほしい」「教えてほしい」などと声がかかるようになったのです。

「まだ誰もいない領域」で
トップランナーを目指せ

 このように、私は、社内で際立った「存在」としてのポジションを得ることを常に意識しながら、「自分の武器」や「自分の専門性」「自分の仕事領域」などを選択してきました。そして、「調査スキル」や「エリアマーケティング」のみならず、さまざまな「ポジショニング」を意識していました。

 重要なのは、それらは掛け算されること。「調査スキル」だけでは印象が弱いですが、「調査スキル」と「エリアマーケティング」を掛け合わせた人材は希少性が高いですから、それだけ「存在感」を強化することができるわけです。

 これは、組織で働くうえで、非常に重要なポイントです。

 なぜなら、社内で重要なプロジェクトを立ち上げるときに、そのメンバーとして選ばれるためには、選定権者に「名前」を思い浮かべてもらう必要があるからです。そのために最も効果的なのは、唯一無二の存在としてのポジションを取ることで、「あいつは、有用な人材だ」と社内の人々の脳裏に強く印象づけておくこと。まさにマーケティングにおける「ポジショニング」です。

 その後、私は、「オールアバウト」の創設メンバーに抜擢されるというチャンスに恵まれたのですが、それは、私なりに際立ったポジションを獲得していたことで、「あいつを使ってみよう」と思ってもらえたからだと考えています。

 そして、そのような「ポジショニング」をするうえで大切なのは、「組織にとって重要であるにもかかわらず、まだ誰もいない領域」を見定めて、そこにいち早く飛び込んでトップランナーになること。「今後どういうテーマ・領域が組織にとって重要になるか」を先読みすることは簡単ではありませんが、「面白い仕事」に抜擢されるためには欠かせない「ディープ・スキル」なのです。

(本記事は『Deep Skill ディープ・スキル』(石川明・著)から抜粋・編集したものです)