仕組みを作るのは難しいことではない
大事なのは「運用」と「人間味」

「評価は上司次第」という古い制度をまずは廃止せよ!カゴメが実現した人事改革、その神髄とは?前野隆司(まえの・たかし)
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。1986年東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了後、キヤノン入社。93年博士(工学)学位取得(東京工業大学)、95年慶應義塾大学理工学部専任講師、同助教授、同教授を経て2008年より慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)教授。11年4月から19年9月までSDM研究科委員長。90年~92年カリフォルニア大学バークレー校Visiting Industrial Fellow、01年ハーバード大学Visiting Professor。著書に『幸せな大人になれますか』(小学館)、『ディストピア禍の新・幸福論』(プレジデント社)、『ウェルビーイング』(日経BP)、『感動のメカニズム』『幸せのメカニズム』(ともに講談社)、『幸せな職場の経営学』(小学館)など。

前野 有沢さんは「カゴメはまだまだ」とおっしゃっていますが、もう完璧なようにも見えます。

有沢 いえ。前編で前野先生からお話いただいた、いわゆる幸せの4つの因子を実現できているかというと、そこはまだまだです。

 例えば、当社のエンゲージメントのスコアが高いかと聞かれれば、そんなことはまったくない。社員としてさまざまな人々が来てくれるようにはなりましたが、そこからイノベーションを起こして新しい商品や事業分野をどんどん生み出しているかというと、そこまでまだできていません。

 私は当社で10年間、ファンダメンタルな部分については社長、専務など経営陣と一緒に作ってきたつもりです。これからそれを生かし、どう飛躍するのかというのは私どもの責任であり、経営陣の仕事でもあります。

 従業員みんながKPI評価シートを共有し、みんなが同じ方向で頑張る。それでお客様に満足してもらうために、ウェルビーイングの状態に何としてでも近づけたい。そう思いながらいろいろ取り組んでいる状況です。

前野 ありがとうございます。私はさまざまな経営者、宗教家、人格者といわれる人に会いますが、みんなに共通しているのは「まだまだです」とおっしゃることです。十分すごいと思うのに、まだまだ先はこんなにあります、と。言い換えると、伸びしろですよね。

有沢 これは謙遜でも何でもなく、道半ばどころかまだ2合目、3合目くらいです。「こうありたい」という山の頂上は何となく見えていますが、「As is」(現状)と「To be」(理想のあるべき姿)がまだあまりにも遠いので、私は社員が「え?」とか「あ!」とか必ず言うことを毎年1回か2回はするようにしています。それで「有沢さん、いいんですか? こんなことをして」と言われるのが、私の今の目標です。

 そうすることで、みんなが自発的に気付いてくれて、HRBPがそれを後押しする。そういう体制はできたと思いますから、あとは一人ひとりに気付きを感じていただきながら、自分のキャリアは自分で決める「キャリア自律」に専念してほしいと思います。

前野 幸せの研究をしていると、成長する人は幸せだと分かります。失礼ながら、有沢さんは人生の中でものすごく成長されてきたのだろうと思います。

「評価は上司次第」という古い制度をまずは廃止せよ!カゴメが実現した人事改革、その神髄とは?有沢正人(ありさわ・まさと)
カゴメ常務執行役員CHO(最高人事責任者)。慶應義塾大学商学部卒業後、1984年に協和銀行(現・りそな銀行)に入行。銀行派遣にて米国でMBAを取得後、主に人事、経営企画に携わる。2004年に日系精密機器メーカーであるHOYAに入社。人事担当ディレクターとして全世界のグループ人事を統括、全世界共通の職務等級制度や評価制度の導入を行う。08年、AIU保険に人事担当執行役員として入社。ニューヨーク本社とともに、日本独自のジョブグレーディング制度や評価制度を構築する。12年1月、カゴメ株式会社に特別顧問として入社。カゴメの人事面におけるグローバル化の統括責任者となり、全世界共通の人事制度の構築を行っている。12年10月、執行役員人事部長、17年10月、執行役員CHO就任。18年4月、常務執行役員CHOに就任。国内だけでなく全世界のカゴメの人事最高責任者を務める

有沢 いえいえ。

前野 御社もこれから成長していく会社で、その仕組みを作られてきたということで楽しみです。

有沢 ありがとうございます。

前野 最後に読者のみなさんに何か一言ありますか。

有沢 本当に偉そうなことばかり話して申し訳ございません。ただ、前野先生がおっしゃっていたウェルビーイングの状態に少しでも近づけるため、伊藤先生(伊藤邦雄 一橋大学CFO教育センター長)が取り組んでいる人的資本経営が形としてできてきた現状は、一つのチャンスだと思います。

 人的資本経営、ウェルビーイングをスタンダードにして、読者のみなさんもいろいろな仕組みや制度を作っていくことをまずはお願いしたい。ただ、仕組みや制度は正直、誰でも作れます。問題はそれを「運用できるかどうか」です。

前野 制度を作ること、それをきちんと運用することに加えて、私はもう一つ、やはりそれを実行する人の、愛や人間味といった「人間的な魅力」が重要だと思います。心のこもった改革なら、そこに愛や人間味を感じるからこそ、みんながついてくるのだと感じました。ヒントに満ちあふれたお話、本当にありがとうございました。