ノーベル賞経済学者リチャード・セイラーが「驚異的」と評する、傑出した行動科学者ケイティ・ミルクマンがそのすべての知見を注ぎ込んだ『自分を変える方法──いやでも体が動いてしまうとてつもなく強力な行動科学』(ケイティ・ミルクマン著、櫻井祐子訳、ダイヤモンド社)。世界26ヵ国で刊行が決まっている世界的ベストセラーだ。「自分や人の行動を変えるにはどうすればいいのか?」について、人間の「行動原理」を説きながらさまざまに説いた内容で、『やり抜く力 GRIT』著者で心理学者のアンジェラ・ダックワースは、本書を読めば、誰もが超人級の人間になれる」とまで絶賛し、序文を寄せている。本原稿では同書から、その驚くべき内容の一部を特別に紹介する。

【ダイエット】「絶対挫折する人」と「しぶとく続く人」のたった1つの違いPhoto: Adobe Stock

「小さな失敗」でダメになる人

 目標をめざしているときは、とかく自信をなくしやすい。

 一日のカロリー目標を少しだけオーバーしたなどの小さな失敗が、アップルパイを丸ごとどか食いするなどのやけくその行動を招きがちなことが、その名も「どうにでもなれ効果」という現象に関する研究で明らかになっている。

 朝に誘惑に屈してしまい(朝食会でドーナツに手を出すなど)、一度失敗してしまったのだから「どうにでもなれ。どうせ失敗してしまったのだから、あとはもう知るか」と思ったことが、あなたもきっとあるはずだ。小さな失敗のせいで自信がガタ落ちになり、もう絶対成功できないと思い込んでしまうのだ。

 困ったことに、野心的な目標を追求しているときほど、小さな失敗が破滅を招くリスクは高い。

「どうにでもなれ効果」の罠

 ウォートンの私の同僚マリッサ・シャリフは、立てた計画からそれそうになったときに賢い方法で「どうにでもなれ効果」を避け、自信を失わないようにしている。

 マリッサは毎日走るという野心的な目標を、10年以上続けてきた。おかげで健康を保ち、めまぐるしいキャリアについて回るストレスを解消することができている。

 だが彼女は「どうにでもなれ効果」をつねに警戒してきた。一度ランニングを休んでしまうと、何度もサボる悪循環に陥り、そのうち走ることを完全にやめてしまうかもしれない。

「非常措置」を許せばいい

 マリッサはこうしたやけくそを避けるための名案を思いついた。

 毎朝いつもスニーカーの紐を締められるとは限らない。だから、週に2回までの非常措置を自分に許しているのだ。

 前夜の夕食が遅かった、会議に出るために早く家を出なければならない、ただもう走る元気がない、といったことは起こり得る。どうしてもランニングに行けなければ、2回の「マリガン」(注:ゴルフで「ペナルティなしのやり直し」を意味する用語)のうちの1回を宣言する。

 この柔軟性のおかげで脱線せずにいられるのだと、私に話してくれた。

 それほど大変でないときにも、マリガンを使って楽をしたい誘惑に駆られるのではないかと思うかもしれないが、じつはその逆だ。

 マリッサはほとんどの週はマリガンを1回も使わない。週の初めは、後半に大事な用が入る可能性に備えて、いつも通りランニングすることにしている。そして、ほとんどの週はそんな予定が入らないから、結果的に7日間毎日走ることになる。

「やり直しオーケー」にしているかどうか

 やがてマリッサはこう考えるようになった。小さな失敗が起こりそうなときに自己不信の芽を摘むこの方法は、ひょっとすると、目標をめざすどんな人にも役立つのではないのだろうか? たまのやり直しを自分に許すことにすれば、避けられない挫折に遭遇したときにも自信を失わずにいられるかもしれない。

 マリッサはこの戦略がどの程度通用するのかを調べるために、研究仲間と組んで数百人を対象とした研究を行った。

 実験参加者に1週間毎日、あるウェブサイトを訪れて35個の苛立たしい課題(応答者がロボットでなく人間であることを確認するためにネットで使われる「キャプチャ」と呼ばれる課題)を行ってもらい、報酬として課題1つにつき1ドルを支払った。

 参加者は3つの群にランダムに振り分けられた。

 1つ目の群には、1週間毎日課題を完了するという「厳しい」目標を与え、2つ目の群には7日間のうち5日完了すればよいという、やや「楽」な目標を与えた。そして3つ目の「マリガン群」には、毎日課題を完了することを求めたが、1週間のうち2日までを非常措置として休むことを許した。

 どの群の参加者にも、目標を達成すれば5ドルのボーナスを与えると伝えた。

 結果、非常措置のあるなしが明暗を分けた。「マリガン群」では53%もの人が目標を達成したのに対し、(実質的に同じ目標を与えられた)「楽な群」の達成率は26%、そして「厳しい群」は21%でしかなかった。

 この結果は、非常措置を明確に許容することの重要性をはっきり示している。

 食生活改善を目的とするプログラムの多くが、こうしたアイデアを取り入れているのは、おそらく偶然ではない。「目標のクッション」や「チートミール」を許すことによって、小さな失敗で自信を失わせないようにしているのだ。

(本原稿は『自分を変える方法──いやでも体が動いてしまうとてつもなく強力な行動科学』からの抜粋です)