分子古生物学者である著者が、身近な話題も盛り込んだ講義スタイルで、生物学の最新の知見を親切に、ユーモアたっぷりに、ロマンティックに語るロングセラー『若い読者に贈る美しい生物学講義』。養老孟司氏「面白くてためになる。生物学に興味がある人はまず本書を読んだほうがいいと思います。」、竹内薫氏「めっちゃ面白い! こんな本を高校生の頃に読みたかった!!」、山口周氏「変化の時代、“生き残りの秘訣”は生物から学びましょう。」、佐藤優氏「人間について深く知るための必読書。」、ヤンデル先生(@Dr_yandel)「『若い読者に贈る美しい生物学講義』は読む前と読んだあとでぜんぜん印象が違う。印象は「子ども電話相談室が好きな大人が読む本」。科学の子から大人になった人向け! 相談員がどんどん突っ走っていく感じがほほえましい。『こわいもの知らずの病理学講義』が好きな人にもおすすめ。」、長谷川眞理子氏「高校までの生物の授業がつまらなかった大人たちも、今、つまらないと思っている生徒たちも、本書を読めば生命の美しさに感動し、もっと知りたいと思うと、私は確信する。」(朝日新聞2020/2/15 書評より)と各氏から評価されている。今回は「長生き、寿命」をテーマにした書き下ろし原稿をお届けする。
カメとゾウガメの寿命
カメは寿命の長い動物として知られている。とくにゾウガメは有名で、アルダブラゾウガメは152歳まで生きた記録がある(もっと長い記録もあるが、どこまでが事実か難しいところだ)。
カメが長生きする理由として、20世紀中は生命活動速度論が人気があった。
ドイツの生理学者マックス・ルブナー(1854~1932)は、動物が一生のあいだに使うエネルギー量は、どの種でも体重1グラム当たりだいたい200キロカロリーである、と主張したのである。
この生命活動速度論が正しければ、動物は200キロカロリーを使い切った時点で、死ぬことになる。つまり、エネルギーを速く使えば寿命が短くなるし、ゆっくり使えば寿命が長くなるわけだ。
カメの場合は動きがのろく、エネルギーをあまり使わないので、寿命が長いというわけだ。
この生命活動速度論が広く支持されたのは、体の大きい動物のほうが寿命が長い、という事実をうまく説明できたからだろう。
体全体で考えれば、たしかに大きい動物のほうが小さい動物よりも多くのエネルギーを使う。しかし、体重1グラム当たりで比べれば、小さい動物のほうが大きい動物より多くのエネルギーを使うのである。それは、小さい動物のほうが大きい動物よりも、心臓の打つ速さが速いことからもわかる。
寿命のデータベースから明らかになったこと
しかし、21世紀になると、寿命のデータベース(https://genomics.senescence.info/species/)が作られて、統計的な解析が行われるようになった。
その結果、生命活動速度論は、ほぼ否定されてしまう。たしかに、体の大きい動物ほど長生きする傾向はあるのだが、体重1グラム当たりで比べた場合、一生のあいだに使うエネルギー量は、とくに一定ではなかったのだ。
それでは、なぜカメは長生きなのだろうか。それについて考えるために、いくつかの動物の寿命を見てみよう。
意外に長生きな動物たち
まず、コウモリだ。コウモリは活発な動物だが、寿命が長く、30年以上生きるものもいる。同じくらいの体重のラットが3~4年で死んでしまうのに比べると、ずいぶん長生きだ。
また、ハダカデバネズミという動物がいる。これは、ラットの10分の1ぐらいの体重(約40グラム)しかないのに、30年ぐらい生きる。
次は鳥だ。鳥は活発な動物で、体重1グラム当たりで使うエネルギー量は、あきらかに哺乳類より多い。それにもかかわらず、一般に哺乳類より長生きだ。
もっとも、鳥にはかなりの多様性がある。たとえば、50年ぐらい生きる鳥にはヨウム(アフリカに棲む大型のインコ)やダチョウがいる。
ヨウムの体重は約500グラムだが、ダチョウの体重はその200倍ぐらいで、約100キログラムもある。
これらの例からわかることは、どうやら肉食動物に捕食されにくい種、つまり死亡率の低い種は、長寿の傾向があるようだ。
コウモリや鳥は飛べるし、ハダカデバネズミは地下に棲んでいるので、捕食されにくい。だから、長生きなのだろう。また、鳥の中で、ダチョウは体重の割に寿命が短いが、それは飛べないからだと考えられる。
死亡率の高い種は、死ぬ前に子孫を残しておかなくてはならないので、自然淘汰によって成長が速くなる。その結果、寿命も短くなるのだろう。
つまり、寿命は進化によって作られたものなのだ。
植物園のハコベの寿命は短い!?
イギリスの古い植物園では、ハコベなどの植物の寿命が、自然界における寿命よりも短いことが知られている。
その理由は、植物園に生えたハコベは、雑草としてすぐに抜かれてしまうからだ。つまり、植物園のハコベは自然界のハコベより死亡率が高いのだ。
そのため、生長が速く、すぐに花を咲かせて種を作る、そんな寿命の短い個体が、自然淘汰によって選ばれてきたのである。
そして何よりも、私たちヒトが比較的長寿なのは、この死亡率が低いからだと考えられる。私たちは滅多に肉食動物に食べられたりしないからだ。
そう考えると、カメには甲羅があるので捕食されにくく、長寿になったと考えられる。
「鶴は千年、亀は万年」は大げさにしても、鳥や亀は比較的長生きなのである。
(本原稿は『若い読者に贈る美しい生物学講義』の著者更科功氏による書き下ろし連載です。※隔月掲載予定)
更科 功(さらしな・いさお)
1961年、東京都生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。民間企業を経て大学に戻り、東京大学大学院理学系研究科修了。博士(理学)。専門は分子古生物学。武蔵野美術大学教授、東京大学大学院非常勤講師。『化石の分子生物学』(講談社現代新書)で、第29回講談社科学出版賞を受賞。著書に『宇宙からいかにヒトは生まれたか』『進化論はいかに進化したか』(ともに新潮選書)、『爆発的進化論』(新潮新書)、『絶滅の人類史』(NHK出版新書)、共訳書に『進化の教科書・第1~3巻』(講談社ブルーバックス)、6万部突破のロングセラー『
若い読者に贈る美しい生物学講義』(ダイヤモンド社)などがある。
くつろいで受けられる生物学講義――著者より
ある農家に怠け者の男がいた。男は働くのが面倒でたまらないので、自分の代わりに田畑で働いてくれるロボットを作った。
ところが、ひと月経つと、ロボットは壊れてしまった。仕方なく、男はまたロボットを作った。ところが、そのロボットも、ひと月経つと壊れてしまった。
そこで男は、新型のロボットを作った。新型のロボットは、田畑で働くだけでなく、ひと月経つと新しいロボットを作って、それから壊れた。だから、男は、一日中家で寝ていられた。
そんな折、男は作られるロボットが、少しずつ違うことに気がついた。
たとえば、性能が1のロボットが作ったロボットの性能は、1.1になることも0.9になることもあった。しかしロボットの性能が、急激に変化することはなかった。
そのうちに、たまたまロボットを2体作るロボットができてしまった。ところが、男の家には、ロボットを動かす燃料は1体分しかない。
ロボットは、毎日農作業が終わって家に戻ると、燃料タンクから自分で燃料を入れることになっていた。そのため、農作業が早く終わったロボットが、先に家に戻って燃料を入れてしまう。すると、もう1体のロボットは燃料を入れることができない。そのため、燃料切れになったロボットは、家の隅に転がったままになった。
そんなことが繰り返されていくうちに、ロボットの農作業はものすごく速くなった。生き残るのは、いつも性能が高いロボットだけだからだ。仮に、毎月性能が1.1倍になったとすれば、4年で、ほぼ100倍になる。ロボットは、急速に変化していき、もはや怠け者の男にはコントロールできないものになってしまった。
ついにロボットは、自分で燃料を採掘するようになり、とうとう地球を支配するにいたった。もはや人間の姿は、どこにも見当たらなかった。
以上の話は『若い読者に贈る美しい生物学講義』の中に書いた話(の一部)である。ロボットが2体ずつ作られて、そのうちの1体だけが生き残るなら、そのときの状況に適応している方が生き残ることになる。これは自然選択と呼ばれる現象で、ダーウィンが進化のメカニズムとして見つけたものだ。
この話では、自然選択が働き始めたときに、ロボットの急速な変化が始まった。それは、もう元には戻れないような、根本的な変化であった。この瞬間にロボットは生物になったのだと、私は思う。
これまでは、生物とはどういうものかを考えるときに、物質的な側面から考えることが多かった。たとえば、地球の生物の体のなかでは、いつも物質やエネルギーが流れている。この流れを代謝というが、これを生物の定義の一つとすることが多い。
しかし、宇宙にはどんな生物がいるかわからない。たとえば、ロボットの体の中には、いつも物質やエネルギーが流れているわけではない。スイッチを切って寝ていれば、物質もエネルギーも流れない。それでも、宇宙のどこかに、さっきの話のようなロボットがいたら、それは生物と言ってもよいかもしれない。地球の常識から言えば、金属でできたロボットは生物ではないけれど、それは宇宙の常識とは違うのではないだろうか。
もしも、宇宙全体で生物を定義できるものがあるかどうかわからないが、もしあるとすれば、それは「自然選択」だろう。どんな形をしていようが、どんな物質でできていようが、どんな振る舞いをしようが、とにかく自然選択によって作られたものが生物なのではないだろうか。生物は自然選択によって、周囲の環境に適するようになったものだ。つまり、その環境の中で、なかなか消滅しないようになったものだ。つまり、生き続けるようになったものなのだ。
だから、本来生物は、生きるために生きているのであって、生きる以上の目的はないのだろう。生きるために大切なことはあっても、生きるよりも大切なことはないのだろう。まあ、生きていれば、それだけで立派なものなのだ。
『若い読者に贈る美しい生物学講義』では、従来の生物の見方に収まらない話も盛り込んでみた。
内容を簡単に紹介すると、まず生物とは何かについて考える。その中で、科学とは何かについても考えていく。生物学も科学なので、その限界を理解しておくことが大切だからだ。それから実際の生物、たとえば動物や植物などの話をしてから、生物に共通する性質、たとえば進化や多様性について述べる。最後に身近な話題、たとえばがんやお酒を飲むとどうなるかについて話をする。「講義」という言葉が入っているが、くつろいで受けられる講義にしたつもりである。
楽しんでもらえると、よいのだけれど。
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