高橋治之被告とは
どういう人物なのか
5つのルートで立件されたのは総額2億円近くに上る。高橋被告は「正当なコンサルタント業務だった」と起訴内容を否認。これに対し特捜部は、コンサル契約を隠れ蓑にして便宜を図った謝礼だったと判断したとみられる。
それでは、高橋被告とはどんな人物なのか。全国紙社会部デスクによると、1967年に電通に入社。77年に「サッカーの王様」こと元ブラジル代表のペレ氏(本名エドソン・アランテス・ド・ナシメント)の引退試合を東京で開催するなど、国内にスポーツマネジメントをビジネスとして定着させたことで知られる。
85年には文化事業部長に就任。88年3月には東京ドームのオープニングイベントとして、マイク・タイソン対トニー・タッブスの統一世界ヘビー級タイトルマッチ、ミック・ジャガーのコンサートも手がけた。
89年にはスポーツ事業部長に。国際サッカー連盟(FIFA)などにも幅広い人脈を持ち、02年のワールドカップ(日韓大会)を初めてアジアに誘致した立役者でもある。
そして14年6月、35人目の組織委理事に加わった。当時は同じ慶応大出身で、日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和前会長と親しかったため、その関係で選任されたとうわさされていた。一方で古巣の電通に強い影響力があることから、組織委でも懸念されていたという。
公取委が3年ぶりに乗り出す
「犯則調査」の本気度
一方の談合疑惑では11月25日、組織委で事業発注の担当だった大会運営局元次長の自宅のほか電通とイベント制作会社、28日以降にも広告大手の博報堂や東急エージェンシーなどに特捜部の強制捜査が入った。
公取委も刑事告発を前提とした「犯則調査」に乗り出したが、これは独立行政法人による医薬品発注の入札談合事件以来、実に3年ぶりだ。通常は任意の「立ち入り検査」で、よほどのことがない限り「排除措置命令」「課徴金納付命令」などの行政処分となるが、今回は悪質かつ重大なケースと判断したとみられる。
今回は合同での捜査・調査だが、押収した資料の「ブツ読み」は専門である公取委がメインで、分析結果を受けて取り調べを担当する特捜部とすり合わせの上、起訴が相当と判断すれば刑事告発し、特捜部が起訴という手続きとなる。