たとえば昨年、情報番組の中でアイヌのドキュメンタリー紹介について、出演した芸人が「あ、犬!」と掛け言葉をして問題となった。これは、アイヌ民族に対して繰り返されてきた差別発言だったからだ。
また過去には、大坂なおみ選手に「漂白剤が必要」という内容のネタや、「黒人が触ったもの座れるか!」という発言を含むネタが問題となった芸人もいる(参考:「黒人が触ったもの座れるか!」吉本芸人のネタに批判「Aマッソよりひどい」2019年9月25日BuzzFeed Japan )。
これらは少数民族に対しての侵略や差別の歴史を認識していなかったことや、あるいは「日本は差別をネタにできるほど、差別がない(これは不条理ネタだと理解されるはず)」という誤った思い込みによる炎上だと感じた。
1990年代には性的マイノリティーの特徴をからかう「保毛尾田保毛男(ほもおだほもお)」のネタがバラエティー番組で流れていたが、それができなくなった現代は「窮屈」なのだろうか。本当に窮屈で厄介なのであればお笑い文化はとっくに廃れているはずだが、M-1グランプリのエントリー数は年々伸び続け、今年は過去最多の7261組だったという。
権力者や差別してきた側ではなく、マイノリティーや差別されてきた側をネタにすることは、これまでの偏見を助長することにつながる。それだけ笑いは影響力の強いものだからこそ、笑いを生業にする人は自覚的になってほしいと思う。
求められているのは「人を傷つけない笑い」ではなく、無意識の差別や偏見にとらわれていない笑いである。
繰り返しになるが、ウエストランドのネタは最後に権威であるM-1を批評しているからこそ、オチがついている。
立川志らく「女の武器を使ってないのがいい」
M-1審査員の中では、初めて審査員を務めた山田邦子の点数が一部「激辛」だったことから批判が相次ぎ「炎上」と報道されている。また、立川志らくが、唯一の女芸人だったヨネダ2000に対して「女の武器を使ってないのがいい」と発言したことに、ネット上では反発が相次いだ。
山田邦子の採点は、低い点数を付けられた芸人のファンであれば不満に思って当然だろうが、それ以上のものではない。
対して、立川志らくの発言は「女芸人(あるいは女性タレント)は、『女の武器』を使う」という偏見が根底にある発言である。女性タレントが何かするときに「女の武器を使っている」とは言われても、男性タレントの場合は「男の武器を使っている」とは言われづらい。その不均衡に注意が必要だ。
もちろん、偏見や差別に基づく言動であるかどうかを基準にすることなく、同列に「炎上」「批判」といった見出しを付け、何の分析もなく報じるメディアの問題も大きい。
来年盛り上がるのは「悪口」ではなく「批評精神」であることを願いたい。
(本文敬称略)