情報が次から次へと溢れてくる時代。だからこそ、普遍的メッセージが紡がれた「定番書」の価値は増しているのではないだろうか。そこで、本連載「定番読書」では、刊行から年月が経っても今なお売れ続け、ロングセラーとして読み継がれている書籍について、関係者へのインタビューとともにご紹介していきたい。
第6回は2019年に刊行、アメリカ人の伝説のビジネス・コーチについて書かれた『1兆ドルコーチ――シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』。4話に分けてお届けする。(取材・文/上阪徹)

【ジョブズが心酔】伝説の「べらんめえコーチ」の仕事の教えとは?Photo: Adobe Stock

ジョブズ、シュミット、ラリー・ペイジ……
巨人たちには「共通の師」がいた

 シリコンバレーの巨人たちの裏には、成功の全てを知り尽くした「共通の師」がいた、と本の帯には記されている。アップル共同創業者のスティーブ・ジョブズ、グーグル元会長兼CEOのエリック・シュミット、グーグル共同創業者のラリー・ペイジ……。

 アマゾンCEOのジェフ・ベゾス、フェイスブックCOOのシェリル・サンドバーグなど、シリコンバレーの成功者に絶大な影響を与えた、とも。その人物の名は、ビル・キャンベル。だが、この名前を知っていた人は、日本でもほとんどいなかったのではないか。

 本書は17万部を超えるベストセラーとなっており、今も売れ続けているが、シリコンバレー関連の翻訳書を数多く担当し、本書の担当編集も務めたダイヤモンド社の三浦岳氏もこの名前は知らなかったと語る。

「彼は表舞台に立つことをあまり好まず、取材なども断っていたそうです。でも、2016年に彼が亡くなったあと、このまま彼の教えが消えてなくなってしまうのはあまりにももったいないと思った教え子たちが、本をつくることを思いつきました」

 著者は、このときグーグル会長兼CEOだったエリック・シュミット、グーグル上級副社長だったジョナサン・ローゼンバーグ、グーグルのエグゼクティブ・コミュニケーションの責任者を務めたアラン・イーグル。そして書籍制作は異例の形で始まった。

「版権エージェントから本書の話をうかがったとき、企画書はA4でたった1枚だけでした。海外の翻訳書は通常、何十枚もびっしりと書き込まれた企画書が作られて、世界に案内されます。ところが本書は、エリック・シュミットがビル・キャンベルという人について書く、という程度のことしかわからなかった」

 制作には3年を要した。そして、アメリカはもちろん日本でもベストセラーとなる。

「マネジャーを置け」というアドバイス
──すぐれた人材管理こそが成果をもたらす

 シリコンバレーの名だたる企業をアドバイスしたコーチの本、というと、なんとも「意識高い系」「小難しい本」というイメージを持つ人もいるかもしれない。だが、実はそうではない。私も読んで驚いたのだが、意外なほどに「シリコンバレーっぽくない」のである。三浦氏もこう語る。

「著者陣はグーグルの人たちですし、内容もシリコンバレーの超最先端企業の話なのですが、アドバイス自体はものすごく泥臭いんです。世界最先端のハイテク企業が、経営やマネジメントにおいて、こんなふうにコーチの声に耳を傾けていたのか、というのは驚きでした」

 たとえばグーグルが、「エンジニアリング部門のマネジャーを全廃した」というエピソードが出てくる。

 グーグル創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンの二人はもともと学問の世界から来ており、マネジャーの役割に疑問を持ち、マネジャーなど必要ないのではないかと考えていた。「ここは慣習が死滅した組織、グーグルだぞ」と、このアイデアをとても気に入っていたという。

 ところがコーチのビル・キャンベルは、このグーグルに「古い慣習」のマネジャーを復活させろと言い出すのである。ペイジとブリンは反対し、実際に社員に話を聞いてみることになった。すると、実際には彼らはマネジャーを求めていることがわかったのだ。なぜか?

「何かを学ばせてくれる人や、議論に決着をつけてくれる人が必要だから」(P.64)

 ペイジとブリンは社内のエンジニアたちに次々と話を聞いたが、答えはほとんど同じだった。

 エンジニアは管理されたがっていたーー何かを学ばせてくれ、意志決定の助けになるマネジャーになら。(P.64)

 シリコンバレーの人たちは独創的なチーム文化を追いかけがちだ。だがビルは、すぐれた「人材管理」こそが、ビジネス上の成果をもたらすということを見失わなかった。着実に収益を上げ続けるには、何よりマネジャーが必要なのだ。

「どうやって部下をやる気にさせ、与えられた環境で成功させるか? 独裁者になっても仕方がない。ああしろこうしろと指図するんじゃない。同じ部屋で一緒に過ごして、自分は大事にされていると、部下に実感させろ。耳を傾け、注意を払え。それが最高のマネジャーのすることだ」(P.66)

 世界最先端のビジネスを展開していたグーグルは、ビルのアドバイスによって、マネジャーを戻すことになった。そしてこれが、功を奏すのである。

【ジョブズが心酔】伝説の「べらんめえコーチ」の仕事の教えとは?ビル・キャンベル

口の悪い1兆ドルコーチの「べらんめえ名言」ベスト10

 シリコンバレーの錚々たる有名経営者をコーチしていたビル・キャンベルは、どうも想像と違っている。日本でいえば、べらんめえ口調のオジサンみたいな人物だったようなのである。

 私たちがビルから学んだこと、それは「愛してもいい」ということだ。チームメイトは人間であり、彼らの職業人の部分と人間の部分のあいだの壁を破り、愛をもってまるごとの存在を受け止めるとき、チーム全体が強くなることを学んだ。(P.233)

 本の中では、ビルは「君を愛している」と伝える独特の方法を持っていた、というコメントともに「ビル節ベスト10」が掲載されている。なんと彼の追悼式で配られたプログラムの裏に印刷されていたという。

10位 そのシャツ、洗って燃やしちまえ
9位 突っ立った棒きれみたいに役立たずだな
8位 当代きっての大バカだ
7位 ぼんくらめが
6位 40ヤード走5秒フラットで崖から飛び込め
5位 なんだその足みたいな手
4位 ただ飯を逃したな
3位 私がえらく見えるほどアホなやつ
2位 しくじるなよ
1位 お前のケツから頭を引っ張り出す音だ
(P.234)

 こんなセリフが日常的に飛んでいたというから、驚きである。三浦氏はこう語る。

「グーグルのCEOたちによる本で、こんな言葉を目にするとは意外でした。でも本書にはビル・キャンベルが、ときに荒々しい言葉や、独特すぎる言い回し、それでいて本質をついた熱い言葉で、スーパーエリートたちに教えを与えたエピソードが次々と出てきます。ビル・キャンベルという人が、いかに多くの人に愛された人だったか、唯一無二の人だったかということを、なんとしても余すところなく伝えたいという思いを感じました」

 シリコンバレーっぽい本をイメージすると、いい意味で期待を裏切られる。意識高い人たちが働く世界だからこそ、ストレートな熱いアドバイスが響くのかもしれない。
(次回に続く)

(本記事は、『1兆ドルコーチ――シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』の編集者にインタビューしてまとめた書き下ろし記事です)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『マインド・リセット~不安・不満・不可能をプラスに変える思考習慣』(三笠書房)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。

第2回 【ジョブズの師】「マネジャーに大切なこと」が全部入った感動の一言
第3回 【むしろ好かれる】できる上司の「叱り方」たった1つのコツ
第4回 【グーグルに学ぶ】「超ややこしいけど、超優秀な社員」の正しい扱い方