情報が次から次へと溢れてくる時代。だからこそ、普遍的メッセージが紡がれた「定番書」の価値は増しているのではないだろうか。そこで、本連載「定番読書」では、刊行から年月が経っても今なお売れ続け、ロングセラーとして読み継がれている書籍について、関係者へのインタビューとともにご紹介していきたい。
第6回は2019年に刊行、アメリカ人の伝説のビジネス・コーチについて書かれた『1兆ドルコーチ――シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』。4話に分けてお届けする。(取材・文/上阪徹)
>>前回記事「【ジョブズが心酔】伝説の「べらんめえコーチ」の仕事の教えとは?」はコチラ

【ジョブズの師】「マネジャーに大切なこと」が全部入った感動の一言Photo: Adobe Stock

シリコンバレー「伝説のコーチ」の叱責

 アップルやグーグルをはじめ、アマゾン、フェイスブックなど多くのシリコンバレーの最先端企業の経営陣に大きな影響を与えた伝説のコーチ、ビル・キャンベル。彼について、エリック・シュミットをはじめとしたグーグルの著者陣たちによって書かれたのが、『1兆ドルコーチ』。日本では2019年に刊行され、17万部を超えるベストセラーになっている。

 前回は「シリコンバレーっぽくない泥臭いアドバイス」について紹介したが、ビル・キャンベルが最も大事にしていた信条について、こんなエピソードが語られている。著者の一人であるグーグルの元上級副社長、ジョナサン・ローゼンバーグの体験だ。

 2008年8月、ゴシップサイト「ゴーカー」に、「テック業界の最も恐るべき暴君ベスト10」と題した記事が載った。(中略)
 記事は続いてテック業界の最も悪名高い者たちの名前を並べ上げた。
 スティーブ・ジョブズ、スティーブ・バルマー、ビル・ゲイツ、マーク・ベニオフ、そして最後から二人目に、グーグルからただ一人のエントリー、われらがジョナサン・ローゼンバーグの名があった。(P.70-71)

 業界最大のスターが並ぶトップ10リストに入ったと歓喜したジョナサン。ところが、コーチのビルは笑わなかった。「ジョナサン、これは自慢するようなことじゃないぞ!」と真剣にたしなめたのである。このときビルは、自身が最も大事にしていた信条を、ジョナサンに語った。

「一番大切なこと」を凝縮した感動的な一言

 ビルが繰り返し語ったその言葉が、本書に詳しく掲載されている。「人がすべて」というメッセージだ。ビル・キャンベルは、この「人がすべて」の一言に続く一連のメッセージを、スティーブ・ジョブズをはじめ、自らがコーチしていてすべての相手に何度も繰り返し語ったという。

 どんな会社の成功を支えるのも、人だ。マネジャーのいちばん大事な仕事は、部下が仕事で実力を発揮し、成長し、発展できるように手を貸すことだ。われわれには成功を望み、大きなことを成し遂げる力を持ち、やる気に満ちて仕事に来る、とびきり優秀な人材がいる。優秀な人材は、持てるエネルギーを解放し、増幅できる環境でこそ成功する。マネジャーは「支援」「敬意」「信頼」を通じて、その環境を生み出すべきだ。(P.72)

 このメッセージは、さらに「支援」「敬意」「信頼」の定義が続く。

 この「人がすべて」の一言とその説明が感動的で印象に残ったと語るのは、本書の担当編集、三浦岳氏である。

「ここだけ読むとありきたりに聞こえるかもしれませんが、本書を読むと、ビル・キャンベルのさまざまな言動や施策に、この考え方が一貫していると感じます。会社や仕事というのは、人を大事にすることがすべてなんだ、と。このメッセージについて、本書を読み終えてから、この『人がすべて』のメッセージを読み返すと、ビルの哲学が短い中に凝縮されていると感じます」

 必要なのは、思いやり、率直な指摘、先頭に立って問題に対処すること……。当たり前のようでいて、実は組織では見過ごされそうなことが次々に語られていく。

「ビジネスの世界で過酷な競争をするなかで、そうしたことを徹底するのがいかに難しく、それでいていかに重要かということかと思います」

 そして、その根幹には人、部下がいる。

「夜、眠れないほど気にかけていることは何か?」とは、企業幹部に聞かれる定番の質問だ。ビルの答えはいつも同じ、部下のしあわせと成功だった。(P.76)

 部下のしあわせこそ、あらゆるマネジャーの最優先課題。そのための取り組みをせよ、とビルは語るのである。

【ジョブズの師】「マネジャーに大切なこと」が全部入った感動の一言ビル・キャンベル

ミーティングを「旅の報告から始める」理由

 本書では、ビル・キャンベルの、なるほどという取り組みが具体的に紹介されている。たとえば、ミーティングは「旅の報告から始める」。スタッフが席に着くと、まず一人ひとりに週末何をしたかとビルは尋ねた。旅行帰りの人がいれば簡単に旅の報告をしてもらった。

 目的は二つ。一つは、チームメンバーが、家庭や仕事外の興味深い生活を持つ人間同士として、お互いを知り合えるようにすること。二つめは、全員が特定の職務の専門家や責任者としてだけでなく、一人のグーグラーや人間として、最初から楽しんでミーティングに参加できるようにすることだ。(P.77)

 他にも「第一原理で人を導く」「正直で謙虚な人材を見極める」「すべきことを指図するな」「ありのままの自分をさらけ出す」「やさしい組織になる」など、ビル・キャンベルならではの取り組みが紹介されている。担当編集の三浦氏はこう語る。

「あらゆる階層のマネジャーに読んでもらいたいです。一見、基本的な内容ですから、若手マネジャーの方が読めば、なるほどこういうことが大事なんだなと思ってもらえるかと思います。ベテランの方には、迷ったときに立ち戻れる、人の上に立つための本質が凝縮された一冊として座右に置いていただきたいです。どちらの立場の方にも、読み応えがあると思います」

 では、組織づくり、チームづくりの鍵とは何か。ビルはメッセージを続ける。
(次回に続く)

(本記事は、『1兆ドルコーチ――シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』の編集者にインタビューしてまとめた書き下ろし記事です)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『マインド・リセット~不安・不満・不可能をプラスに変える思考習慣』(三笠書房)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。

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