情報が次から次へと溢れてくる時代。だからこそ、普遍的メッセージが紡がれた「定番書」の価値は増しているのではないだろうか。そこで、本連載「定番読書」では、刊行から年月が経っても今なお売れ続け、ロングセラーとして読み継がれている書籍について、関係者へのインタビューとともにご紹介していきたい。
第6回は2019年に刊行、アメリカ人の伝説のビジネス・コーチについて書かれた『1兆ドルコーチ――シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』。4話に分けてお届けする。(取材・文/上阪徹)
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【グーグルに学ぶ】「超ややこしいけど、超優秀な社員」の正しい扱い方Photo: Adobe Stock

グーグルは「規格外の天才」をどう扱ったか?

 スティーブ・ジョブズほか、シリコンバレーの成功者たちに絶大な影響を与えた伝説のコーチ、ビル・キャンベルについてグーグルの元CEOたちが多くの関係者に取材をして書き記した『1兆ドルコーチ』。日本では2019年に発売され、17万部を超えるベストセラーになっている。

 シリコンバレーの企業といえば、一つイメージが思い浮かぶのは、天才エンジニアが多いこと。これについて興味深いエピソードがあった。「規格外の天才」とどう付き合うか、だ。桁外れに有能だが仕事がやりにくい社員、傲慢なスター……。ビル・キャンベルの考えはなるほど、だった。

 寛容であれ。守ってやりさえすべきだ。だがそれは、倫理に反する行動や人を傷つけるような行動をとらず、経営陣や同僚へのダメージを上回る価値をもたらすかぎりでのことだ。(P.107)

 つまり、いくら天才でもチームを優先できないのであれば「お払い箱にするしかない」というのがビルの考え方だ。グーグルのマネジャーをコーチしていた際も、ビルは厄介な天才社員について、「(優秀だからといって)肩を持つ必要はない」とアドバイスし、天才社員は会社を去ることになった。本書の担当編集、三浦岳氏はこう語る。

「『一人の天才よりチームが大切』『チーム・ファーストを徹底せよ』というのが、ビル・キャンベルの一貫したメッセージです。チームメンバーの一人ひとりに心理的安全性を与えられる環境づくりこそがマネジャーの最も重要な仕事だとビルは説きます」

 天才型が多いシリコンバレーでも、ビルは個よりチームを優先させたのだ。「チーム・ファースト」は、章タイトルの一つにもなっている。サブタイトルには、「チームを最適化すれば問題は解決する」とある。

ビル・キャンベル(1兆ドルコーチ)ビル・キャンベル

問題そのものより、チームに取り組む

 ビル・キャンベルが人々に何よりも求め、期待したのは、「チーム・ファースト」の姿勢だった。そこでいくつもの独自の取り組みを行った。たとえば、「問題そのものより、チームに取り組む」こと。

 堂々めぐりの議論がしばらく続いてから、ビルが口を開いた。気にするな、と彼は言った。うちにはいいチームがある。彼らが問題に取り組んでいるんだから大丈夫だ。
「あのとき学んだことがある」とラムは言う。「ビルはいきなり問題を解決しようとせず、まずチームに取り組んだ。問題を分析的に考えたりしなかった。チームには誰がいるのか、彼らは問題を解決できるのかを話し合ったんだ」(P.174)

 マネジャーは、とかく目の前の問題にとらわれがちである。だがビル・キャンベルは、本質的な問いによってチームを導こうとした。誰が問題に当たっているのか? 適切なチームが適所に配置されているか? 彼らが成功するために必要なものはそろっているか? 担当編集の三浦氏は言う。

「メンバーが力を十分に発揮できる環境をつくることさえできれば、組織のパフォーマンスは上がる。マネジャーの仕事は、そうした環境を整えて、部下が実力を発揮するのを支えることだ、ということです」

最高のチームには、女性が多い

 チーム・ファーストを実践する独自の取り組みは、他にも「ふだん仕事をしていない二人を選んでペアで仕事に当たらせる」「同僚同士のフィードバックを評価に組み込む」などが紹介されているが、印象に強く残ったものに、「性別を区別しない」ということがある。

 80年代のテック企業は、幹部の大半が男性で、女性はとても少なかった。アップルの経営層の会議でも、中心のテーブルには男たちが陣取っていることが多かった。

 アップルの人事責任者を務めていたデビー・ビオンドリロは、そうした数少ない女性の一人だった。だが彼女は毎週開かれるCEOのスタッフミーティングではテーブルに着かず、壁際に並んだイスの一つにすわるのだった。ビルはこれにがまんがならなかった。
「そんな後ろで何をしている?」と彼はデビーに言った。「テーブルに着くんだ!」(P.192)

 彼女は勇気を持ってテーブルに座った。ビルが味方してくれるから、と。ビルは誰よりも強く、女性が「同じテーブルに着く」べきだと主張していた。多様性が叫ばれるようになるはるか前からそう訴え続けていた。

 そしてそれは、表面的で通り一遍のものでは決してなかった。一人ひとりときちんと対峙した。だから、女性からも支持された。

 勝利できるかどうかは、最高のチームを持てるかどうかにかかっている。そして最高のチームには、女性が多い。(P.198)

 ビル・キャンベルがアドバイスしたシリコンバレーの企業がなぜ、これほどまでの成長を遂げることができたのか。本書は、その秘密の一端を、間違いなくのぞかせてくれる。

(本記事は、『1兆ドルコーチ――シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』の編集者にインタビューしてまとめた書き下ろし記事です)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『マインド・リセット~不安・不満・不可能をプラスに変える思考習慣』(三笠書房)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。

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