養老孟司氏、隈研吾氏、斎藤幸平氏らが絶賛する話題書『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』──。樹木たちの「会話」を可能にする「地中の菌類ネットワーク」を解明した同書のオリジナル版は、刊行直後から世界で大きな話題を呼び、早くも映画化も決定しているという。待望の日本語版が刊行されたことを記念して、本文の一部を特別に公開する。
「森林のネットワーク地図」から見えてきた
「人間の神経ネットワーク」との類似性
私は腰を下ろし、古木に寄りかかった。実生の葉が午後の空気のなかでふるふると震えた。
古木は森の母親だ。
これらのハブはマザーツリーなのだ。
いや、ダグラスファーはそれぞれが、雄である花粉錐と雌である種子錐の両方をつくるのだから、マザーツリーでありファーザーツリーでもある。
でも……私にはそれは母親であるように感じられたのだ。若者の面倒を見る年長者。そう、マザーツリーだ。マザーツリーが森を一つにつないでいるのだ。
中心にあるマザーツリーを実生や若木が囲み、さまざまな色や重さを持つさまざまな種類の菌糸がそれらを幾重にもつなぎ、強靱で複雑なネットワークを形成している。
私はノートと鉛筆を取り出して、地図を描いた──マザーツリー、若木、幼木。そしてそのあいだを線でつないだ。そのスケッチから、ニューラルネットワークのように見える図が浮かび上がった──人間の脳のニューロンのように、なかにはほかよりも多くのものと結ばれているノードがある。
なんということだろう。
木々のそれぞれは
情報を伝達する「ニューロン」
もしも菌根ネットワークがニューラルネットワークを模しているとしたら、木々のあいだを移動している分子は神経伝達物質だ。木から木へと伝わる信号は、ニューロン間を伝わる電気化学信号──それによって私たちは思考したり意思を伝達したりできるのだが──と同じくらい鮮明なものなのかもしれない。
私たちが自分の考えや気分を認識するように、木が周囲の木々を認識しているなどということがあり得るだろうか?
しかも、会話する2人の人間と同じように、木と木のあいだの相互作用が2本を取り巻く環境に影響を与えるなどということが?
木は人間と同じくらいの素早さで周囲を認識できるのだろうか?
人間がするのと同じように、伝達し合う信号に基づいて絶えず状況を判断し、調整し、制御することが可能なのだろうか?
相手の抑揚と表情を見れば、どういう意味でそれを言っているかが私にはわかるように、もしかすると木々は、同じくらい繊細に、相手に同調しながら互いに関係し合っているのかもしれない。
私たちの脳のニューロンと同様の正確さで。
この世界を理解するために。
(本原稿は、スザンヌ・シマード著『マザーツリー』〈三木直子訳〉からの抜粋です)