都市交通の運賃問題の背景にある
「通算制」と「併算制」の思想対立

 都市交通の運賃問題は長年の懸案であった。欧米大都市では1930年代に都市交通の統合が推進されたが、日本は私鉄の力が強かったため、東京の地下鉄、路面電車・バスがそれぞれ統合されたにとどまり、各社の独立経営が続いた。

 経営を統合するしないにかかわらず、全ての事業者がひとつの運賃テーブルで運賃収受する仕組みを「運賃通算制」という。一方、各社がそれぞれ運賃収受する仕組みを「運賃併算制」という。やや大げさに言えば、この問題の根底には2つの思想の対立がある。

 単純に通算制が優れているとはいえず、現実的に通算制への切り替えは非常にハードルが高い。諸外国では独立採算制が成り立たなくなったから公的機関に統合された面も大きい。採算より公共的役割を重視したからこその運賃制度だ。

 一方、独立採算が成り立つ日本では、運賃通算制の導入は各社にとって減収要因でしかない。戦後も一貫して輸送需要が増え続け、鉄道事業者は常に輸送力増強の投資を求められたが、十分な公的な補助を得られなかった。むしろ運賃値上げや割引率縮小を求めていたのだから、これは到底受け入れられるものではなかった。

 抜本的な運賃制度の変更は時期尚早としながらも、利用者の不合理はできる限り解消しなければならないという問題意識は古くから存在した。特に都心乗り入れのために地下鉄と相互直通運転を開始した路線については、2路線分の運賃が必要になるため、負担軽減策が求められた。

 まず本来ひとつのネットワークを構成すべき地下鉄が2つの事業者に分かれている問題について1961年、営団地下鉄と都営地下鉄を乗り継ぐ際の運賃負担を緩和する乗り継ぎ割引を設定し、その後も段階的に割引額を拡大した。

 また1982年に乗り継ぎ割引を他事業者にも拡大することになり、同年から国鉄、1984年から接続する私鉄との割引を新設した(常磐線と千代田線でも亀有、金町と町屋、西日暮里の各駅を相互に利用する場合に大人20円割引される)。

 近年も言及されることがある東京メトロと都営地下鉄の運賃統一問題もこの延長線上にある問題である。出来る限り値引きは拡大したくないという各事業者の本音はともかくとして、勝手に議論が終ったことにするのは乱暴だ。訴訟への対応とは別にしても、国と鉄道事業者に将来的なビジョンがあってしかるべきだろう。

 そもそも両社が北千住問題に真摯(しんし)に向き合っているとは言い難い。例えばウェブサイト掲載の北千住駅構内図は、JRは常磐線快速のみ、メトロは千代田線(常磐線各駅停車)のみの記載で、「同じ路線」であるはずの相手方は省かれている。

 それを象徴するように、両ホームを改札内でつなぐエレベーターは未だ整備されておらず、バリアフリールートは改札を出て大きく迂回(うかい)する必要がある。これでは建前も成り立たない。

 日本の司法制度の下では残念ながら原告の勝利は望めないだろう。だからこそ私たちは国と事業者が勝手に議論を幕引きしないよう、歴史を振り返っておこう。

【訂正】記事初出時より以下の通り訂正します。
4段落目:「亀戸」→「亀有」
18段落目:「安孫子」→「我孫子」
(2023年1月23日10:36 ダイヤモンド編集部)