Fedは今後、金融引き締めを解除するタイミングを探ることになるだろう。その際、Fedのインフレ目標はPCEに基づくものなので、金融引き締めを停止するタイミングはPCEが2%(インフレ目標値)に十分近いかどうかで決めるというのが筋だ。

 しかし現時点でのPCEとCPIの乖離を前提にすると、PCEが2%になったとしても、その時点でCPIは3%超の水準で高止まりしている可能性がある。消費者の「実感」はCPIに近いということを踏まえると、これは、その時点では、消費者はまだ高いインフレが続いていると感じているということを意味する。

 そうした中でFedが引き締め解除に向かおうとしたとき、消費者は納得するだろうか。Fedはインフレ目標のルールに従ってPCEを基に引き締めの終了を宣言する。しかし消費者は時期尚早と反対する。そんなことが起きるのではないか。そのときFedは消費者たちをどのように説得するのかという難問にぶち当たることになる。非常に悩ましい問題だ。

 なお、Fedの友人によれば、Fed内でもCPIを重視する派とPCEを重視する派が存在するそうだ。そうなると、Fed内の意思決定も難しくなる。

日本は「見た」価格、米国は「買った」価格
日米の金融政策のすれ違いにも影響

 日本の「見た」価格と「買った」価格はどうなっているのだろうか。日本にはPCEに相当するものはないので自分で作るしかない。下図の「見た」価格と「買った」価格は、米国のCPIとPCEに相当するものを日本のPOSデータを用いて算出したものだ。

 米国の2つの指標と細部まで同じというわけではないが、「見た」価格はラスパイレス指数、「買った」価格はトルンクビスト指数という方法でPOSデータをそれぞれ集計したもので、その点ではCPIとPCEに似せてある。

 どちらの物価指標も2022年初めから上昇を始めており、2022年12月には「見た」価格が前年比7%強、「買った」価格が前年比6%と、いずれも高い上昇を示している。

 注目すべきは両者の差であり、「見た」価格の方が1%強、高くなっている。両者の差は米国より小さいものの、「見た」価格が上回っているという点では同じであり、値札を見ただけでおののいて買えなかった消費者が日本でも少なくないことを示している。

 日銀は金融政策を(PCEではなく)CPIにひも付けている。消費者の実感に近い物価指標を基に政策が運営されているということだ。そのこと自体は決して悪いことではない。しかし、日銀とFedが見ている物価指標が異なるというのは別な問題を生じさせる可能性がある。

 日銀とFedはインフレ目標という共通の制度の下で政策運営を行っており、インフレの目標値も2%でそろえている。目標値をそろえる理由としては、そろえておかないと為替相場が不安定になってしまうからと説明されることが多い。

 しかし、そこまでそろえておきながら、実は、肝心要の物価指標がそろっていない(米国はPCE、日本はCPI)。しかも、物価指標の差は、普段は無視できる程度かもしれないが、現在のようなインフレが高進する局面では大きくなる。これは日米の金融政策のすれ違いを生む可能性がある。

 中央銀行が政策の拠り所にすべきは消費者の実感に近いCPIなのか、それとも経済学者の好むPCEなのか。これは一長一短あって決めるのはとても難しい。しかし最低限言えることとして、日米で(あるいは主要国で)異なる物価指標を使うのは望ましくない。日本としては、米国と平仄(ひょうそく)を合わせるべきかという点について検討すべきだろう。

Key Visual by Kaoru Kurata