1944年6月。ニミッツら海軍を主体として、マリアナ諸島の攻略作戦が始まった。マリアナ諸島は、ニミッツの本土上陸作戦のルート上にあり、ニミッツにとっても攻略が欠かせない拠点だったのだ。作戦開始からわずか2カ月ほどで、ニミッツはマリアナ諸島を占領する。そして、すぐに飛行場の建設が始まった。だが、ここでアーノルドに思わぬ問題が降りかかる。B-29の運用方法についてだった。実は、B-29の開発計画は、特別プロジェクトとして立ち上がったため、アメリカ軍のどの組織が指揮権を握るか、決まっていなかった。そのため、日本に迫っていた陸軍のマッカーサーも海軍のニミッツも最新鋭の大型爆撃機・B-29の指揮権を欲しがったのだ。
「マッカーサーは、アーノルドがB-29を自分に譲るだろうと思い込んでいた。マッカーサーは、自分が太平洋戦争においてアメリカ軍を率いている男だと自負していたからだ。もちろん、海軍のニミッツはニミッツで、自分がアメリカ軍を率いていると考えていた」(カール・スパーツ、肉声テープより)
「太平洋の海域にB-29を導入するというのは、非常に難しく、デリケートな問題だった。陸・海軍どちらの司令官も航空戦力を分割して、自分たちの戦域に割り振ろうと画策していたので、航空軍が指揮権を手にできない可能性について非常に深刻に受け止めていた。私たち航空軍にとって、日本本土にプレッシャーをかけるための唯一の方法がB-29を使った空爆計画だった。それ以外には方法がなかったのだ」(ヘイウッド・ハンセル、肉声テープより)
特にマッカーサーは、強く要求していた。着手していたフィリピン攻略作戦の中で、陸軍の侵攻を補佐する役割として使いたいと目論んでいた。一方のニミッツも、B-29を使って、自分たちの目先の攻撃目標を空爆することで効率よく進軍したいと考えていた。だが、アーノルドら航空軍にとっては、独自の成果を上げるためには、B-29の指揮権を得て、直接日本本土を空爆するより他に方法がなかった。
「B-29をマッカーサーに渡せば、彼は海軍のニミッツの部隊の攻撃目標を一足先に爆撃して、海軍の手柄を横取りしようとするだろう。ニミッツに渡せば、やはり同様の使い方をするだろう。B-29は、日本本土への直接爆撃に用いるために開発したのであり、そのためには私が直接指揮するしかない」(アーノルド自伝より)
アーノルドは、B-29の指揮権を自分が握るため、陸・海軍の指揮命令系統から切り離す異例の体制づくりに尽力する。だが、マッカーサーやニミッツのような重鎮は、自分の力だけでは説得できなかった。政府や軍の要人のもとを走り回り、自らにB-29の指揮権を委ねて欲しいと頼み込んだ。
「アーノルドは、陸・海軍のトップやルーズベルトなどに『結果を出すので任せてください。私は信頼できる人間です。B-29が必要なときには陸・海軍に協力します。何か問題が発生した場合は、私が責任を取ります。この戦略的な航空兵器であるB-29は、陸軍や海軍といった縦割りの軍事部門が管理する類いのものではなく、航空軍が一括して指揮するべきものです』と訴えました」(マーク・クロッドフェルター教授)
根回しして勝ち取ったB-29
ワシントンから戦地の指揮
アーノルドと共に関係各所に根回しをしていたハンセルは、海軍の翻意が決め手だったと明かしている。
「陸軍と海軍の承認が必要だったが、どちらもこのようなことには肯定的ではなかった。だが、最終的には、最も予期していなかったところからの支持を得た。それは海軍トップのアーネスト・キング提督からの支持だった。私たちはキング提督に『我々のコンセプトは、海軍の作戦のコンセプトと非常に類似しています。我々なら、もし別のアイデアを持つ陸軍の指揮官に邪魔されそうになっても、作戦を分けておくことができます。我々はB-29は統合された戦略指令の下にあるべきだと考えています。そう、あなたが指揮している海軍の艦隊のように。我々は、アーノルド将軍を同じような地位に就けたいのです。そうすることができれば、いざという時に海軍をサポートすることもできるでしょう』と伝えた。するとキング提督は『それは非常に意義深いことだと思う』と返答してくれた。海軍の後ろ盾を得られて、アーノルド将軍は非常にうれしそうだった」(肉声テープより)
『日本大空襲「実行犯」の告白~なぜ46万人は殺されたのか』(新潮新書)鈴木冬悠人 著
ハンセルは、戦果を競い合う陸軍を引き合いに出しながら、海軍にとってもメリットがあることを強調することで、海軍トップのキング提督を説得した。そして最終的に、航空軍が独自の空爆作戦だけでなく、陸・海軍の攻撃のサポートもすることを条件にアーノルドは指揮権を手にしたのだった。30億ドルという巨額の開発費をかけたB-29運用の全責任を負うことになった。ルメイは、B-29の指揮権を握った功績は計り知れないほど大きいと手放しで賞賛していた。
「それは、アーノルドが成し遂げた素晴らしい成果だった。なぜなら、のちに自分自身も統合参謀本部とのやりとりを経験してみてわかったことだが、アーノルドがそのときにどれだけ難しい交渉をしていたのか、理解することができたからだ。当時は、陸軍も海軍も誰もがB-29の指揮権を欲しがっていたが、それを手に入れたあとにどう扱っていいのかが全くもってわかっていなかった。統合参謀本部の中でやりあい、B-29の指揮権を手に入れられたのは、最大の成果だった。アーノルドは、奇跡を起こしたのだ。文字通り、奇跡である」(肉声テープより)
アーノルドは、B-29のみを装備した第20航空軍を新たに立ち上げ、自らが司令官に就任する。それは、ワシントンにいながら戦地の指揮を執るという前例のない措置だった。







