半導体への関心が高まるなか、開発・製造の第一人者である菊地正典氏が技術者ならではの視点でまとめた『半導体産業のすべて』が発売された。同書は、複雑な産業構造と関連企業を半導体の製造工程にそって網羅的に解説した決定版とも言えるものだ。
今回は同書より、今後の成長が期待される「新しい半導体市場」について解説した述べた部分を紹介する。

【半導体産業を第一人者が解説!】成長が期待される「新しい半導体市場」とはPhoto: Adobe Stock

「DX」が半導体需要をさらに推し進める

 半導体市場は2020年からの10年間でほぼ2倍に拡大し、9000億ドル(95兆円)規模に達するという予測もあります。このような急激な市場拡大を後押しする半導体需要にはどのような製品群が考えられるのでしょうか? その候補となりうるいくつかについて見てみましょう。

 現在、個人生活、社会生活、産業分野などのあらゆる場面において、DX、すなわちデジタルテクノロジーの進展による生活やビジネスの変容が進行中です。

 この傾向は今後、ますます加速され、それに伴って従来型の半導体に対する需要も拡大し続けると思われます。たとえば、より多くのデータを流通させ、処理し、保存するため、クラウドやデータセンター用の現状型半導体、あるいはその進化版に対する需要がますます高まるでしょう。

データセンター需要の高まるデータセンター

「メタバース」と現実との融合

 今後、AR/VR技術の進展により、現実世界とは異なる3次元の仮想空間での体験やそのサービスを提供する場としての「メタバース」と現実空間の融合がさまざまな局面で起こり、人々の行動や思考、あるいは生活様式にも変化が生じるものと思われます。それを実現するAR/VR技術として、半導体の進歩した微細化技術と超高精細ディスプレイ技術の融合が求められ、新たな技術開発による半導体とディスプレイが一体化した新規デバイスが必要とされるでしょう。

「自動運転」に求められる半導体の高性能化

 自動運転に関しては、現在、5段階のレベルが設定されています(国土交通省データ)。レベル1は簡単な運転支援、レベル2は特定条件下での自動運転機能、レベル3は条件付きの自動運転、レベル4は特定条件下での完全自動運転、レベル5は完全自動運転です。

 現在の開発段階は、レベル2からレベル3の間と言われています。今後5年から10年かけて、レベル3、4、5と進化させるに当たって、自動運転の利便性、快適性、安全性を改善し確立していくためには、自車と自車を取り巻く環境との関係が時々刻々と変化するなかで、さまざまな情報をリアルタイムに収集・処理し、最適な判断を下し、運転に反映させなければなりません。

 そのためには、高速通信網として5G(第5世代移動通信システム)さらにB5G(beyond 5G)の高速大容量通信網の確立と、さまざまなセンサーや情報処理用の半導体の高性能化が求められます。

拡大する「IoT技術」

 今後、社会のあらゆる場でIoT(Internet of Things モノのインターネット)技術も普及・拡大すると思われます。

 これに伴い、新たな半導体センサーや、ドローン、ロボットに使われる半導体などに対する需要が高まるでしょう。また大量のデータ収集、処理、保存のために、インターネットワーク上のデータセンターを拡充するだけでなく、エッジ・コンピューティング、すなわち端末の近くにサーバーを分散配置して、できる限り端末の近く(エッジ)で情報を処理し、処理しきれない情報だけをインターネットに上げることで、上位システムへの負荷を下げ、処理速度や効率を上げなければなりません。そのための新たな半導体への需要を押し上げるでしょう。

IoT でのエッジコンピューティングIoT でのエッジコンピューティング

「AI」(人工知能)が高性能チップを求める

 昨今、医療や福祉や娯楽を含め、産業や生活のあらゆる局面でAI(人工知能)技術が導入、拡大、改善されてきています。特にディープラーニングが導入されてからは、人間の知能を超えるAIも出現するようになり、将来人間がやるべきこととして何が残るだろう、という議論さえ起こっています。

 1956年から本格的研究が始まったAI(人工知能)は、もともと「人間の知能をいかにして人工的に実現するか」というのがテーマでした。AIは1970年代の第一次ブーム、80年代の第二次ブームを経て、2006年以降の第三次ブームとして現在に至っています。

 この間、さまざまな変革、改善、ブレークスルーを経て来ていますが、現在のAIを考える際、次の図に示したような方法やコンセプトの違いがあります。

 ここで、機械学習(マシンラーニング)とは、ある一定のタスクを「教師あり」、あるいは「教師なし」で繰り返しのトレーニングを通じて機械に学習させ、目的に合った実行をさせるものです。したがって、何を学ぶべきかの基準(規則)は人間が与え、機械がそれに沿ってできるだけ最適な分類、認識、予測、判断などの知的行動ができるようにするものです。

 いっぽう、深層学習(ディープラーニング)とは、人間のニューラルネットワークの機能を模したもので、大量の入力データから機械が特徴を自動的に定義し、それに沿って独自の知的判断を行なうものです。いわば判断基準(規則)そのものを、人間から与えられるのではなく、機械自身が設定するのです。したがって、深層学習では、機械が「なぜそう判断したのか」が、人間には計り知れないことも少なくありません。しかし、結果を見るかぎり、適切な判断だったと認めざるを得ないことが多くあるのです。

 AIはこの深層学習の登場により、高性能コンピュータ技術の発展と相俟って、本来の意味での〈人工知能〉と呼べるものに進化し、今や人間の活動のさまざまな局面で人間をサポートないし凌駕しつつあります。

 AIの進化を支えている源泉は、半導体技術の進歩によるコンピュータ技術です。そのため、ますます高性能な半導体チップが必要になります。同時に現在の左脳的コンピュータに対し、右脳的働きをする、ニューラルネットワークをハード的に模した、新たな半導体としてのニューロモーフィックチップの開発、実用化も求められるでしょう。

(本記事は、『半導体産業のすべて』から一部を転載しています)