“Digitize or Die”(デジタル化しなければ消えるしかない)というキャッチーな警句が飛び交うようになったのは、2014年ないしは2015年といわれている。こうしたビジネスジャーゴンは短命で終わることが多いが、デジタルトランスフォーメーション(DX)はいまなお経営課題の一丁目一番地であり、多くの企業がまだ試行錯誤の域にある。
 そこで本誌では、オムロンの代表取締役社長CEOの山田義仁氏をお招きし、ものづくり現場の革新を生み出す「企業理念経営」について講演していただいた。併せて、製造業のキーパーソンによるパネルディスカッションも実施。現在進行形でDXに取り組むクボタ、京セラの事例をひも解きながら、「製造業DXの現在地と未来」について考えたい。

※当コンテンツは、2022年11月8日に開催された「ダイヤモンドクォータリー創刊6周年フォーラム 〜日本製造業の針路 製造DX、メタバース、ビジネスモデル改革」(主催:ダイヤモンド社 ビジネスメディア局)の内容を要約したものです。

【基調講演】
パーパス経営の先駆者 オムロンの企業理念経営とは

 基調講演に登壇したのは、京都に本社を置く大手電子機器メーカー、オムロンの代表取締役社長CEOの山田義仁氏。講演テーマは「ソーシャルニーズを創造するオムロンの企業理念経営」である。近年ではパーパス経営が注目されているが、オムロンはその先駆者であり、60年以上前から企業理念を軸に経営を行ってきたことで知られる。

人間中心のデジタルものづくりオムロン
代表取締役社長 CEO
山田義仁

1984年立石電機(現オムロン)に入社。一貫してヘルスケア部門を歩み、2001年オムロンヘルスケア・米国副社長、2003年同・ヨーロッパ社長、2008年オムロンヘルスケア代表取締役社長を歴任。2010年オムロン本社グループ戦略室長を経て、翌2011年オムロンの代表取締役社長CEOに就任。以来、創業者・立石一真氏の精神を受け継いだ企業理念を軸にした経営を実践。自走的に成長する企業になるための改革を続けている。

 同社には、創業者・立石一真氏が制定した「社憲」(会社の憲法)がある。1953年に日本電機工業会による米国視察を通じて、米国の経済発展の原動力はフロンティア精神などの理念にあることを学び、その後「企業の公器性」という考えに至った立石氏は、1956年に社憲制定を決意。3年の歳月をかけて、1959年に社憲を制定した。

「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」——これがオムロンの社憲である。そこには「企業は社会に役立ってこそ存在価値がある」「みずからが社会を変える先駆けとなる」という、2つの思いが込められている。

「社憲の制定により経営と社員の間に一体感が生まれ、その後の飛躍的成長につながりました。いまでは当たり前となった自動改札システムやATMなど、その時代時代で技術を軸にイノベーションを起こし、社会的課題の解決策としての製品やサービスを多く生み出してきたのです」(山田氏)

 1990年には社名を立石電機からオムロンへと変更し、それと同時に社憲を継承する「企業理念」を制定している。それから25年後の2015年、社長就任から4年目を迎えた山田氏は、社憲の精神を求心力に、再び活力に溢れ、世の中に価値を創出する企業にしたいという強い思いから、企業理念を改定。社憲を「Our Mission」として受け継ぎ、社員一人ひとりがこのミッション達成のために大切にすべき3つの価値観「Our Values」も定めた。さらには企業理念に基づく経営構造の構築にも着手。以降、いかに現場へ企業理念を浸透させて、『共鳴』を呼び起こせるかに取り組んできた。

 なかでも特筆すべきは、全社を挙げて行っている企業理念実践プログラム「The OMRON Global Award」(通称TOGA)である。このTOGAは、社員一人ひとりの仕事における企業理念実践の物語を全社員で共有して讃え合い、理念実践に対する共感・共鳴の輪を拡大する表彰制度であるが、けっして表彰制度の枠に留まっていない。むしろ、社員によるイノベーションのプラットフォームになっているようにすら見える。

 事実、2012年の活動開始からちょうど10年を迎えた2021年度には、6944にも及ぶエントリーテーマが寄せられた。1人が複数のテーマを持ち込めるため、のべ参加人数で見ると、オムロングループの社員数を大きく上回る5万1736人に上る。世界的な課題である「脱プラスチック」に向けた環境に優しい包装を実現する温度制御技術(パーフェクトシーリング)の開発など、事業の成長や企業価値の向上につながったケースもこのTOGAから生まれているという。

「企業理念を本気で実践していくには、共有や共感だけでは足りません。私たちが目指しているのは『共鳴』です。“共に鳴る”というレベルになって、初めて我々が目指す企業理念経営が実現します」(山田氏)