社内の壁を打破し、「新生アメーバ経営」を実現する

 次に、登場したのは京セラの⼟器⼿氏である。同社はアメーバ経営で知られるが、アメーバ(組織)の数が増えるとともに、データのサイロ化が課題となっていた。ビッグデータではなく、それぞれ型が異なるスモールデータが社内に大量に存在していたのである。そこで、データを全社共有することで、プロダクトごとの局地戦からユニットやサービスによる総力戦へと切り替え、約3000にも上るアメーバを連携する「新生アメーバ経営」へのシフトを進めている。

人間中心のデジタルものづくり京セラ
執行役員 デジタルビジネス推進本部長
土器手 亘

1983年、京セラ入社。アメーバ経営を運営するための業務システムや社内外の業務系・技術系情報システムの構築を行う。1995年、京セラコミュニケーションシステムの設立とともに出向・転籍し、その後、AI・IoT・Cloudを活用したICT事業を統括。2020年より現職で、京セラグループのDXを推進する。

  その手段となるのはもちろんDXだが、そこにはさまざまな「壁」(部門の壁、年代の壁、時間軸の壁、ルールの壁)が立ちふさがった。そこで、経営理念(京セラフィロソフィ)と経営方針(アメーバ経営)の二つを基盤に、さらなる工場の自動化、分析ツールやコミュニケーションツールの導入、教育研修の実施など、さまざまなデジタル化施策を全社で推進。その際、業務効率化や生産性向上よりも重視したのが、「社員の意識改革」だという。結果、それらの取り組みが功を奏し、若手による新規事業立ち上げや他社とのオープンイノベーションなど、壁を乗り越えたことで生まれたビジネスも出現しているという。

「『急がば回れ』という言葉があるように、デジタル化が直接的に業績向上につながるとは考えていません。社員にDXを押しつけるのではなく、一人ひとりに意識改革の重要性を強く訴えかけるほうが多方面で自発的な変化が生まれ、結果的に全社のDXが進む。さらには挑戦や失敗を恐れない企業風土も育まれ、革新的なイノベーションに結びつく可能性だってある。なぜなら人は、モチベーションによってドライブされるからです」(土器手氏)

 テクノロジー先行のDXを進めてもうまくはいかない——。京セラの取り組みは、デジタルをトリガーにパーパスや価値観を大きく変えていくという「アナログなトランスフォーメーション」(AX)の重要性を教えてくれている。

「デジタル・トリプレット」で日本のものづくりを進化させる

 東京大学大学院の梅田教授が提唱するのは、日本のものづくりの強みをデジタルに載せる「デジタル・トリプレット」(D3)という考え方だ。すでに日本の製造業では工作機械のIoT化が進み、多くのログデータを収集できるようになってきている。しかしながら、収集データを使った価値創出までできている企業は少ない。ファナックなど一部の日本の先進企業は動き始めているが、機器間の接続や情報の流通経路としてのプラットフォームに留まり、たとえばシーメンスなどのように豊富なソフトウェア群でエンジニアリングチェーン全体を支援するプラットフォームにはなりえていないのが実情である。

人間中心のデジタルものづくり東京大学大学院
工学系研究科 人工物工学研究センター 教授
梅田 靖

1992年東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻博士課程修了。博士(工学)。同大工学部助手、講師を経て、1999年に東京都立大学大学院工学研究科機械工学専攻助教授、2005年に大阪大学大学院工学研究科機械工学専攻教授を経て、2014年に東京大学大学院工学系研究科精密工学専攻教授。2019年より同研究科人工物工学研究センター教授。

 では、どうすればよいのか。その一つの答えが、高品質品の大量生産に代わるものづくり戦略である。言い換えれば、日本メーカーの強みをデジタルという新しい器(IoT、AI、CPSなど)に盛り直すこと、これが重要だという。

「日本の強みは、不良品のないきめ細かで高品質なものづくりです。そしてそれを支えるのが、現場の熟練工や生産技術者の質の高さ、絶え間ないカイゼン活動やムダ取りによって日々成長する生産ラインであり、つまりは人の力が大きいわけです。一方、トップダウン的なアプローチで行われるインダストリー4.0は、極力自動化かつ現場で手を加えることがあまり想定されておらず、日本の強みが活きるとは言い難い。よって私は、現場の人間が手を入れながら生産システムをアップグレードしていく『人間中心のデジタルものづくり』こそが、これから日本の製造業には必要だと考えます。デジタルで生産現場の人間を支援していくものづくりと言ってもいいでしょう」(梅田氏)

 こうした人間中心のデジタルものづくりを実現するのが、先に挙げたD3だ。D3では、モノによる「物理世界」とデータによる「情報世界」という二つの世界をデジタルツインでつなぎ、人の知によってデータから価値を生み出す第三の世界「知的活動世界」を加えることがポイントである。エンジニアたちが収集したデータを分析し、そこから課題を発見し、対策を考え、再び生産ラインで実施する——この「エンジニアリングサイクル」を、エンジニアがみずからつくり上げていくことが重要となる。

 さらにはこのエンジニアリングサイクルを、生産ラインだけでなく、設計-生産-使用-メンテ-再生産-循環という製品ライフサイクル全体にわたって落とし込むことができれば、日本製造業の強みである人の知識や判断、つまり暗黙知が形式知化され、D3自体のカイゼンも進んでいくことが期待されるという。