江戸時代の五街道の起点は日本橋だった。現在でもその伝統は受け継がれ、日本橋には「日本国道元標」がある。「東京まで50km」の地点は日本橋なのである。

 1919(大正8)年、旧道路法制定にともなって「道路元標」が設置され、国道、府県道などの起点終点はその位置によるものと決められた。現在でもこのときの道路元標を保存している市町村が各地に見られる。しかし、戦後になって道路元標は法的根拠を失い、基準点がバラバラになってしまった。

 じつは、日本橋の日本道路元標も、大正時代の東京市道路元標をもとに、1972年、日本橋の中心部に新たに設置されたものである。

 筆者には苦い経験がある。若い頃に自転車で日本一周の旅行をしていたとき、何kmも走ったにもかかわらず、案内標識の目的地までの表示距離が、その前の標識より増えていたのだ。当時の道路は悪路の連続。5km、10kmが非常に遠かった。悪路を一生懸命走ったにもかかわらず、標識の距離が逆に増えてしまったときの腹立たしさは、当時の悪路を自転車で走った者にしかわかるまい。

 こういった現象は各地にあった。現在は、1986年に「案内標識の地名表示に関する基準」が通達されたことにより、(2005年改正)統一されている。案内標識の距離表示の基準となる地点は、市町村役場の正面の位置とされる。市町村役場が街外れにある場合は、市街地の中心交差点や、鉄道駅などを基準としている。

国道の起点と終点、
決め方のルールはある?

 国道の路線番号は、むやみやたらにつけられているわけではなく、ある一定のルールに従っている。では、どのように決められているのか。

 まず日本の首都東京を中心に、国土の骨格を形成すべく、重要性の高い道路の順に路線番号がつけられていった。路線番号が1ケタと2ケタの、いわゆる旧一級国道がそれである。11号(徳島市―松山市)が設定されてからは、北から南へ順に番号が振られていくことを原則とした。