米国発のベンチャーキャピタルで、そうそうたるスタートアップへの投資実績を誇るSozoベンチャーズ。巨大な3号ファンド設立につづき、4号ファンドに向けて内部体制を着々と強化している。2022年には、VC業界を驚かせた移籍人事もあった。Sozoベンチャーズのファウンダー/ゼネラルパートナーで『スタートアップ投資のセオリー 米国のベンチャーキャピタリストは何を見ているのか』著者である中村幸一郎氏を中心に、その人材採用の現状と考え方を聞いた。(書籍オンライン編集部)
約1000億円規模の3号ファンド。続くグロース、4号ファンドで狙うのは?
これまでズーム、ツイッター、コインベース、フレックスポート、スクエア、パランティア、ファストリ―、モンゴDBをはじめ、次々と急成長するスタートアップに投資して、成功モデルを築いてきた米国生まれのベンチャーキャピタル(VC)、Sozoベンチャーズ。
Sozo Venturesファウンダー/マネージング ディレクター
大学在学中、日本のヤフー創業に孫泰蔵氏とともに関わる。新卒で入社した三菱商事では通信キャリアや投資の事業に従事し、インキュベーション・ファンドの事業などを担当した。米国のベンチャー・キャピタリスト育成機関であるカウフマン・フェローズ・プログラムを2009年に首席で修了(ジェフティモンズ賞受賞)。同年にSozo Venturesを創業した。ベンチャー・キャピタリストのグローバル・ランキングであるマイダス・リスト100の2021年版に日本人として初めてランクインし(72位)、2022年はさらに順位を上げた。シカゴ大学起業家教育センター(Polsky Center for Entrepreneurship and Innovation)のアドバイザー(Council Member)。早稲田大学法学部卒、シカゴ大学MBA修了。著書『スタートアップ投資のセオリー 米国のベンチャー・キャピタリストは何を見ているのか』を2022年6月上梓した。
2022年には、募集総額が約1000億円(6億8100万ドル)の3号ファンドを組成。このファンドには、日本のヘルスケアや物流、環境、エネルギー、保険、金融などさまざまな業界の企業や、変わったところでは慶應義塾大学の年金ファンドなどを含む“オールジャパン”が出資している。2012年に立ち上げた1号ファンド以来、順調に規模を拡大し、しかも投資家(LP)のうち8割は既存LPが占めることから信頼性の高さがうかがえる。
Sozoベンチャーズのファウンダー/ゼネラルパートナーの中村幸一郎氏はつねづね「継続して利益を出し続けるVCには、再現可能な勝てる仕組みがある」と語っている。この「勝てる仕組み」とは、良い起業家に出会えるコミュニティづくりや、投資決定の速さ、投資後の支援などを、良い循環で回せる状態である。加えて、数あるVCの中で、「独自の強みが必須」であり、Sozoベンチャーズの場合は、実はニーズが高いという日本展開の際の支援に強みを持つ。
現在、グロースファンドを企画しており、同ファンドから次の4号ファンドで「総合金融機関化を図っていく」(中村氏)にあたり、内部体制の強化にも余念がない。「数百億円、数千億円を集めても、体制を整えてファンドレイズしないと意味がない」と言う。この2~3年かけて人材を補強し、社員数は倍増し約35名になった。
Sozoベンチャーズが重視している領域――「フィンテック」「エンタープライズソフト」「ロジスティクス」「マニュファクチャリング」「ヘルスケア・ウェルネス」「環境」は、どれも高度に専門性が求められるため、それぞれのプロたちときちんと“会話”ができる人材が欠かせない。たとえば「フィンテック」であれば、金融×IT×経営について理解できていなければならないように、あらゆる領域で“掛け算”の知識や経験、洞察力が求められる。
業界を騒然とさせた移籍人事
「Sozoはグローバル展開をサポートする米国においてもVCとして相応のブランドを構築できており、現在、採用を検討している人間はそれなりに実績がある人材が中心となる」(中村氏)。
中でもVC業界関係者で話題になったのが2022年夏、ファンド投資やベンチャーデット等のトップ金融機関といわれたシリコンバレーバンクから移籍したロブ・フリーラン(マネージング・ディレクター)の参画である。シリコンバレーバンクは2023年3月12日に経営破綻してしまったが、彼は「総合金融機関」をめざすSozoベンチャーズの4号ファンドのキーマンだろう。
フリーラン氏は、エクイティ(株式)のみならず、ファンド投資(Fund of Funds)、デット(借入や社債)、クレジット投資などさまざまな調達方法を駆使するスタートアップの調達方法に精通しているばかりでなく、有力ファンドに投資してきてその内実を熟知している。ちなみに、「ワインのエキスパートでもある」(共同創業者フィルウィッカム氏)らしい。シリコンバレーバンクは土地柄、ワイナリーへの出資経験も豊富であったためで、彼自身も(ナパ・バレーと並ぶ、ピノノワールやシャルドネの銘醸地)ソノマ出身なのだという。
そして、このフリーラン氏に限らないが、採用する際は、型通りの数回の面談だけで決めたりはしない。インターンなら1年、しかし通常は5年以上の知己のある人材を採用している。フリーラン氏を例にとれば、Sozoベンチャーズ共同創業者のフィル・ウィックハム氏とは10年以上前からの知り合いであり、互いの実績や仕事ぶりを熟知している。フリーラン氏のほうでもSozoベンチャーズの地力や成長性を十分見極めたうえで「Sozoの次のステージに参画し、日本を中心に米国とアジアの懸け橋を築いていくことを楽しみにしている」と満を持して参画した、と言えるだろう。ほかのメンバーについても、「互いに人となりやカルチャーが分かったうえで採用している。いきなり転職マーケットに条件を出して大量採用をしても絶対にうまくいかない」(ウィッカム氏)。
各領域や各機能のプロを集める
ほかにも多士済々なメンバーが糾合している。
日本のCVC業界で知られている、MUFGのシリコンバレーオフィスのトップを務め、同社でコーポレートイノベーション活動をグローバルに牽引した齊藤健一氏、ヤマト運輸のLAオフィスでフレックスポートやProject44といった名だたるロジスティクスカンパニーとの協業を担当したポール枡田氏がSozoに参画した。
もちろん、こうした各領域のプロフェッショナルだけでなく、案件獲得やその評価、システム構築など、あらゆる機能のエキスパートがチームには不可欠であり、採用を進めている。「個人事業主のようなマインドセットだと、この文化には合わないので、いわゆる個人主義のベンチャーキャピタリストの経験がある人は採用しない」(中村氏)という。
さらに、ビジネス経験以外にも専門経験を持った人材を採用している。一例が、MITとスタンフォード大学で生物学や医療デザイン(MS)を学び、医療分野のベンチャーでの経験があるサミラ・ダスワニ氏だ。中村氏は、「実績がある専門人材がチームとして動きながら切磋琢磨して競争して成長していく組織を、時間をかけて作り上げていきたい」と語る。
意味のあるインターンシップをめざす
人材育成の点で興味深い取り組みとしては、VCであるSozoベンチャーズが一般の事業会社からの“インターンシップ”を受け入れていることだろう。「Sozoスカラー」と呼び、現在は中核のLPである日系の飲料メーカーや保険会社、製薬会社、運輸会社などから次世代リーダー候補者にOJTで業務を担ってもらう。
一般に日本企業でこれまでよく実施されてきたような、シリコンバレーを1週間ほど訪問する“インターンシップ”では、「送る側にも受け入れる側にも何の意味もない」と中村氏は力をこめる。潜在能力の高い人材をきちんとサポートして長期の専門教育をすれば、着実な成長が期待できるうえ、一気に100人は育てられないとしても、(ベンチャーキャピタリストの育成プログラムである)カウフマン・フェローズ・プログラムや(起業家支援プログラムの)エンデバー、米国大学等の専門教育に実績がある教育機関と連携することで、より効率的に教育できる仕組みも将来的にはつくれる、という。
「このインターンシップにはSozoベンチャーズのインフラ強化という側面もあるが、我々がアクティブなシリコンバレーの投資家になりつつあるなかで、社会的責任として取り組んでいく」(中村氏)。スカラーたちが出身企業に戻ってどのような化学反応を起こすのか、またスカラー卒業生たちが増えていくことで、日本全体のスタートアップやVC、新規事業界隈をどう変えていくのか、一定の時間はかかるが相乗効果が楽しみな取り組みである。