一般に10年だったベンチャー・キャピタル(VC)の運用期間枠を撤廃したセコイア・キャピタル。その真意と、背景として米国VC業界で起こっていることとは?
数々のユニコーンに投資しシリコンバレーで躍進する日系VC創業者が、「急成長企業を見いだす科学的手法」をまとめた新刊書籍『スタートアップ投資のセオリー 米国のベンチャー・キャピタリストは何を見ているのか』より、その一部をご紹介していく。

方針転換したセコイア・キャピタルの真意と米国VCの新潮流セコイア・キャピタルの真意とは?(写真はイメージ。 Photo: Adobe Stock)

 2021年10月、米国の最有力VCのひとつであるセコイア・キャピタルが、一般に10年のVCファンドの運用期間を取り外すことを表明しました。投資先企業が上場した後も株式を持ち続けられるようにしたのです。

私たちの業界は10年という運用期間にとらわれている。これは1970年代に作られた習慣だ。半導体は小さくなり、ソフトウエアはクラウドで運用されているのに、ベンチャー・キャピタルは未だにフロッピーディスクを使って仕事をしているようなものだ。かつて、ファンド運用期間10年に意味はあった。…(中略)…最高の創業者は世界にインパクトを与え続けたいと思うだろう。彼らの意志は10年に限定されない。もちろん、私たちも。

 上の引用にあるように、セコイアは起業家のライフサイクルに合わせて運用期間を長くするとしていますが、実は、この動きの背景には米VC業界の大きな構造変化が横たわっています。

タイガー・グローバルとソフトバンクの台頭

方針転換したセコイア・キャピタルの真意と米国VCの新潮流中村幸一郎(なかむら・こういちろう)
Sozo Venturesファウンダー/マネージング ディレクター
大学在学中、日本のヤフー創業に孫泰蔵氏とともに関わる。新卒で入社した三菱商事では通信キャリアや投資の事業に従事し、インキュベーション・ファンドの事業などを担当した。米国のベンチャー・キャピタリスト育成機関であるカウフマン・フェローズ・プログラムを2009年に首席で修了(ジェフティモンズ賞受賞)。同年にSozo Venturesを創業した。ベンチャー・キャピタリストのグローバル・ランキングであるマイダス・リスト100の2021年版に日本人として初めてランクインし(72位)、2022年はさらに順位を上げた。シカゴ大学起業家教育センター(Polsky Center for Entrepreneurship and Innovation)のアドバイザー(Council Member)。早稲田大学法学部卒、シカゴ大学MBA修了。著書『スタートアップ投資のセオリー 米国のベンチャー・キャピタリストは何を見ているのか』を2022年6月上梓した。

 2020年代に入ってから、米国のVC業界は急激な変化にさらされています。この変化の台風の目がタイガー・グローバルとソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)です。

 タイガー、SVFともに、ケタ外れの運用額で米国のVC業界で存在感を一気に高めました。特徴は、バリュエーションに寛容で、少々高くても即断即決で大きな資金を入れることです。また、投資に際して取締役会の席を要求するなどといったこともありません。

 加えて、出資を受けたスタートアップは、タイガーやSVFが提携するコンサルファームなどのサービスを自由に使えます。スタートアップ側にしてみれば、割の良い投資家といえるでしょう。

 巨大な資金力でスタートアップを引き付けているのです。

 当然、既存のVCは影響を受けます。有望な投資先を取られてしまうからです。コツコツと価値を提供してきた町の商店が、突如として進出してきたウォルマートに顧客を取られているような状況です。

 もともと2000年代から、フィデリティやティー・ロウ・プライスといった上場株投資家が未上場株投資に参入してきていました。VCは規模の大きいクロスオーバー投資家との競争にさらされる中、さらに規模の大きいタイガーやSVFが現れたという流れです。

 こうした文脈でセコイアの変化を読み解かなければ、本質を見失います。

セコイアの本音と投資スキーム

 セコイアの投資スキームは、大まかに以下のような流れです。

 まず、投資家(LP)が運用期間のないセコイア・ファンドに出資します。このセコイア・ファンドがいくつかのサブファンドに出資をします。サブファンドは未上場株に投資するVCファンドです。サブファンドの投資先がIPOをすると、セコイア・ファンドがその株を買い取ります。

 つまり、上場株に投資をする運用期間のないセコイア・ファンドと、その傘下のVCファンドの2層構造になっており、この層の間でお金が行ったり来たりと循環して、延々と投資を続けることができる構造です。

 セコイアは上場株も持ち続けられるようになったばかりか、イグジット後の利益をLPに返さず再投資に回せます。要は、LPから一度お金を集めると、それを元手にどんどん膨らませられるようになったのです。投資効率を劇的に上昇させ、タイガーやSVFの資金力に対抗できる体力を蓄える狙いといえるでしょう。

言葉の裏の真意を読む

 実は、セコイアに限らず、著名なVCは、運用期間10年を超えてもLPにお金を返さずに再投資をしたり、優良株を保有し続けたりすることは、これまでも珍しくありませんでした。しかし、個別にLPと交渉し、合意したうえで延長していました。セコイアは、最初から、つまり出資の段階から運用期限を設けないと宣言したのです。

 もともとVCの運用期間の10年というのは投資商品としては長く、投資家からすれば不便な投資先です。最初の段階で期限を設けず向こう10年超、運用することを宣言したうえで出資金を集めるような芸当ができるのは、セコイアの卓越した実績があるからこそでしょう。また、セコイアは運用期間を超長期にすることで、LPを「選んだ」ともいえます。極端にいえば、年金基金のような超長期の運用期間の制約が少ない顧客のみを相手にするということでしょう。

「起業家のライフサイクルに合わせて運用期間を長くする」というセコイアの発信を真に受けるのは牧歌的にすぎ、米VC業界の置かれている状況を理解しているとはいえません。

アンドリーセン・ホロウィッツの対抗策

 アンドリーセンは、コインベースのIPO前のセカンダリーで株式を大量取得しています。アンドリーセンはVCエグゼンプションを返上し、未上場株のプライマリー投資(VCとしての通常の投資)以外の投資額を全体の20%以下に抑えるという規制を逃れました。これも運用額を拡大するためです。

 スケールして体力をつけ、スタートアップによりたくさんのサービスを提供する狙いです。デットファイナンス(貸し付け)やICO(Initial Coin Offering:暗号資産による資金調達)など、VCのイメージからは遠い金融サービスを提供するようになっています。ウォルマートに対抗して、多様なサービスを選べる「ショッピングモール方式」といえるかもしれません。アンドリーセン・ホロウィッツは「新しいVC」として、こうしたサービス拡大を盛んにブランディングしています。