(2)クレディ・スイスの信用不安と対応策

 アメリカの2行の破綻と比べると、やや闇が深いのがクレディ・スイスの信用不安です。というのも、もともと不祥事が多くて経営に問題があるとうわさされてきた銀行が、「実はこれまで公表してきた内容に間違いがあった」という発表をしたのです。

 うわさされてきたことというのは、行内のさまざまな部署でリスクのある取引を行いながらそれを隠しているのではないかということです。欧米の銀行組織の内部にはトレーダーやデリバティブ取引の担当、M&Aの担当など大きく稼ぐことで多額の報酬を得られる人たちがいます。

 そういったインセンティブで働く人たちが、銀行の資本をリスクにさらしながら一種の賭け事のような金融取引を行っていてそのリスクがきちんと開示されていないとすれば、それは問題です。これまでは「そのような問題はない」という情報開示をしてきたクレディ・スイスが、「実は問題がありそうだ」と情報開示内容を変えたことで一気に株価が急落します。

 私が「闇が深い」と思うのは、クレディ・スイスがそのような公表をアメリカの2行の経営破綻のタイミングにぶつけてきたことです。

 本来であれば解明されてその責任の所在が問われるべき損失が、世界的な金融システム全体の信用不安を抑え込む必要があるタイミングに公表したことで、うやむやにできたうえにスイス政府の資金でその穴埋めまでできたことです。

 クレディ・スイスの信用不安が表面化した週末の間にスイス政府の介入により、スイスの銀行大手であるUBSが非常に安い投資額でクレディ・スイスを救済するスキームが作られました。

 投資家は損失を被るけれども預金者は保護され、将来発生する可能性がある損失について90億スイスフラン(約1.3兆円)の政府保証を行うスキームです。結果的に欧州市場でも金融危機はいったん回避されました。

 ただ、実はこのクレディ・スイスの処理ではこのあと大問題になりそうな決定が下されています。クレディ・スイスが発行していた「AT1債」という債券2.2兆円分が無価値になったのです。

 このAT1債は、簡単に言えば株式に準じるものとして銀行の資本に組み込まれた債券で、しかもスイス政府のルールでは株式よりも弁済順位(破綻の際に保護される順位)が低かったのです。

 そのため、投資家の中でもAT1債を保有していた投資家は破綻で投資が完全にゼロになった一方で、クレディ・スイスの株式を保有していた投資家はUBSによる救済で損失は発生するけれども価値がゼロになるわけではないという、ちょっと不思議な状況が起きてしまったのです。

 EUの他の銀行もAT1債を発行しているのですが、スイスとは異なりEUのルールではAT1債は株式よりも上位の弁済順位で保護されるとわざわざ欧州中央銀行などの当局が見解を表明しなければならなくなってしまいました。

 今のところ、日本の投資家がどれだけこのAT1債を保有していたのかは分かりませんが、安全な社債だと思っていたものが無価値化することがあるということは、グローバルな金融商品化が進んでいる現代では日本人も気を付けておくべき点だと思います。