女子学生の選択肢を狭めかねない
「ステレオタイプ脅威」とは?
横山教授は、日本は理系大学生の女性割合が低いだけでなく、そもそも大学進学においても男女格差が大きい国であるという事実を指摘。その背景には「(学問的な)優秀さは男性のものであり、女性には不要である」という、日本固有の社会風土があると考察している。
本書では、その社会風土の存在を裏付ける一つのエピソードが紹介されている。
OECD主催の「PISA」という15歳の生徒が受ける国際学力テストにおいて、2018年の数学の成績は、男女ともに日本がトップクラス。日本の生徒の中では男子の成績が女子を上回ったが、その差はわずかだった。
横山教授の共同研究者が、このデータを国内の某大学の学生に見せたところ、「日本はやはり、男子の方が成績の良い国なんですね」という反応が複数あったそうだ。
「日本は男女ともに他の国よりも成績が良い」ということではなく、わずかな差を捉えて「やっぱり男子の方が優秀」という感想を漏らすのは、前述の「優秀さは男性のもの」といった日本の社会風土が根強いことを示していると、横山教授は考えている。
だが実際はもちろん、数学が得意な人も苦手な人も、男女を問わず存在する。
そもそも数学の学力の男女差が「生まれながら」なのか、「育ちによる」のか、という論争は国内外で長年にわたり続いており、決定的な結論は出ていないという。
そして、昨今の生物学的要因に着目した研究では、数学の得意・不得意を左右する要因は「性差」よりも「個人差」が大きいとする結論に傾きつつあるようだ。
「生まれ」よりも「育ち」が重要であることが分かってきたにもかかわらず、日本で理系に進む女性が少ないのはなぜか。その要因として挙げられるのが「ステレオタイプ脅威(stereotype threat)」だ。
ステレオタイプ脅威とは、「男性は○○に向いていない」「女性は○○が苦手」といったネガティブな固定観念が人々の心に刷り込まれた結果、実際に当人のパフォーマンスが低下してしまうことだ。
本書の内容からは外れるが、広島大学大学院の森永康子教授も、このテーマの研究に力を入れている人物だ。
森永教授らの論文によると、数学の試験で好成績を収めた女子生徒に「女の子なのに算数ができてすごいね」と声をかけると、当人は「女の子なのに」という言葉に気持ちがそがれてやる気をなくす、といった事象があったそうだ。