新入社員の頃に読んでおくべきだったと、これほど悔しい気持ちになった本はない。NHK「おはよう日本」でも取り上げられ、新入社員のバイブルとして60万人以上のビジネスパーソンに読みつがれている『入社1年目の教科書』。多数の企業で新人研修のテキストとして採用されている「新社会人のためのガイドブック」だ。
ライフネット生命保険株式会社の共同創業者・岩瀬大輔氏の語る「50のルール」は、キャリアの長いベテラン社員や、指導する立場のマネージャー層にとっても発見の多いものばかりだ。本稿では、本書から得た学びとして、「企画を通すためのコツ」をお届けする。(構成:川代紗生)

入社1年目の教科書Photo: Adobe Stock

「圧倒的にデキる人」が裏でこっそりやっていること

 なぜか気がつくと、その人のオーダーに「イエス」と言ってしまう。その人がプレゼンや交渉をすると、いつもスムーズに話が進む。

 職場に一人くらいは、そういう「場を仕切るのがうまい人」が存在する。

 プレゼンがずば抜けてうまいわけでもない。カリスマ性があり、目立つようなタイプというわけでもない。

 なのにどういうわけか、気がつくと、その人の持っていきたい方向へ話が進んでいる。

 ああいう人は、一体どうやって仕事を進めているのだろうと、いつも不思議だった。

『入社1年目の教科書』を読んで、その問いの答えがやっと解き明かされたような気がした。

 本書は、ライフネット生命保険株式会社の共同創業者・岩瀬大輔氏が、仕事において大切な基本原則・入社1年目のうちに習得しておくべき50のルールをまとめたものだ。

「仕事の基本」をあらためて学ぼうとページをめくっていると、耳が痛くなる箇所や、「あの悩みはこうすればよかったのか」と、仕事の答え合わせをしているような気持ちになる箇所も多かった。

 そのうちの一つが、ルール15「仕事は根回し」という項目だ。

「根回し」という言葉に、嫌な印象を持つ人も多いだろう。昔ながらのサラリーマンたちや、政治家たちが、派閥争いのためにあれこれ画策するようなマイナスイメージが、パッと頭に浮かんでしまう。

 しかし、この「根回し」は、ビジネスパーソンにとって必要不可欠だと岩瀬氏は語る。根回しとは、「全体の意思決定を短縮する作業」だというのだ。

「企画を通す」までの5つの作業フロー

 たとえば、「新しいプロジェクトの企画を通したい」と思ったとしよう。

 やりたいことを実現するためには、社内会議でプレゼンし、上役たちを説得しなくてはならない。

 ここでもっとも大事なのは、「いいプレゼン」をすること。言い換えれば、「プロジェクトの内容が正しく伝わり、価値があると思ってもらえるプレゼンをすること」だと、筆者は考えていた。

 しかし本書を読んで、その考えは大きく覆されることになった。

 本書では、会議で結論を出すまでの作業フローが分解されている。

 ① 情報を共有する
 ② 論点を頭出しする
 ③ 論点に対する出席者の考えを醸成する
 ④ 議論する
 ⑤ 結論を出す(
P.66-67)

 そして、岩瀬氏はこうも語っている。

会議の場で、これらの行程すべてをやろうとするにはさすがに無理があります。会議にはそれほど十分な時間を費やすことができないからです。
よく見られるのは、企画を提出しても説明ばかりに時間を取られてしまって議論を深める時間がなく、結論を次回に持ち越して終わる会議です。次に開かれる会議でも似たような議論が繰り返され、再び持ち越しで終わってしまう。
これでは、いつまで経っても結論が出ません。(P.67)

 これまで何度出くわしたかわからないほど、よくある会議の光景である。ならば、どうすればいいのだろう?

 デキる人は、どのような手順で仕事を進めているのだろうか?

「鋭いツッコミ」に涼しい顔で対処する方法

 もう一度、会議の作業フローを確認してみよう。

 ① 情報を共有する
 ② 論点を頭出しする
 ③ 論点に対する出席者の考えを醸成する
 ④ 議論する
 ⑤ 結論を出す

 このうち、会議の場を最大限に生かすには、「④議論する」と「⑤結論を出す」に特化する必要がある。

 うまいプレゼンをすることにばかり必死になっていると、「結論を出す」ところまで流れを持っていけない可能性があるのだ。

 そのためには、「①情報を共有する」~「③論点に対する出席者の考えを醸成する」までの工程を、会議の前に済ませておくことが重要だと、岩瀬氏は語る。

 つまり、会議の場ではじめて自分の企画を発表するのではなく、会議の前に情報共有しておき、参加者からのフィードバックを聞いておくわけだ。

 これが「根回し」と呼ばれるものだ、と岩瀬氏は語っている。

フィードバックに不安材料があった場合、その不安は準備することで反論できるかもしれません。いきなり会議本番に臨んで、上司からこう言われたらどう反論しますか。
「企画内容はわかったけど、それ売れないんじゃない?」
あなたがいくら「大丈夫です。売れます」と必死に訴えたところで、説得力はまったくありません。(P.67-68)

 自信満々でプレゼンをしたのに、上司の鋭い突っ込みにしどろもどろになり、結果的に悪い印象のプレゼンで終わってしまった……なんて経験が、筆者にもたびたびある。

 事前に根回しをして「売れないんじゃないの?」というフィードバックをもらっておけば、「事前に『売れないのではないか』というご懸念をいただきましたが、他社の類似商品はこれぐらい伸びています。また、われわれがアンケートしたところ、このようなデータが得られました。売れない可能性がまったくないわけではありませんが、売れる可能性は高いと考えられます」など、反論も準備しておくことができる。

「根回し」をあなどる人が陥る落とし穴

 筆者はこれまで、「根回し」がそれほど重要だとは考えていなかった。

 ところが、その侮りこそが、企画が通らない本質的な問題だったのだと、本書を読んで気がついたのである。

「企画をまだ詰めきれていない状態でプレゼンしている」というマイナスな印象を与えてしまったら、「ゴーサインを出していいのか判断できない」という結論になるのも当然である。

「限界まで考えた上でプレゼンしている」と相手を安心させられてはじめて、「この企画を実現するべきか?」という次のレベルに議論が進む。

 円滑にプレゼンをするだけでは、スタートラインにすら立てていなかったのだ。

 岩瀬氏は、「根回し」の本質についてこう綴っている。

「基本的なことの合意形成」
「対処可能な反論をつぶす」
 根回しとは、工程③と④の間に、こうした作業を入れ込む行為なのです。(中略)
 根回しという言葉が嫌なら、事前準備、予習という言葉に置き換えればいいのではないでしょうか。
論点をクリアにし、議論を深め、限られた時間を効率良く使うためには、必須の作業だと捉えてください。(P.68-69)

 それほど話がうまいわけでもないのに、スムーズに仕事を進められる人は、常に数手先を読んで行動している。

「相手がこうきたら、自分はこう返す」を思いつく限りシミュレーションしてから仕事に臨んでいるのだ。

 たとえ、シミュレーション通りにならなくとも、それくらい準備しておけば、自信を持って交渉や会議に臨むことができる。無駄に緊張することもない。

 結局のところ、仕事で成果を出すには、地道にコツコツと抜け目なく準備を進めるしかないのだなと、あらためて痛感させられた。

 とはいえ、逆に考えれば、特別な才能がなくとも、着実にできることをやりさえすれば、成果は出せるのだ。

 社会人として気を引き締めたい気持ちにさせられる「50のルール」。いつもカバンに忍ばせておきたい一冊だ。