おおたわ史絵 著
我が娘をブス呼ばわりするなんて、本人はいったいどれだけ美しかったというんだろう?そんな疑問が持ち上がるかもしれない。母の写真を見せると、たいていのひとが、「わぁ、お母様はおきれいなかただったんですね」と言ってくれる。
あぁ、たしかに母はきれいなひとだった。でも、その顔は美容整形によって作られたものだとわたしは幼い頃から知っていた。
学校から戻ると、母の顔が変わっていることが何度かあったからだ。目の大きさ、鼻の高さ、顎の形、はっきりと覚えているだけでも何回かある。
慣れ親しんだ母親の顔がなんの予兆もなしにある日突然別人になる違和感は、経験した子供にしかわからないだろう。なんとも言えない悲しく寂しい気分がするものだ。
だからわたしはいまでも美容整形が嫌いだ。どんなに時代が美を追求しようが美容医療が人気を博そうが、わたし自身は顔を変える気はない。ブスだろうがババアだろうがいい、変えたくはない。
当時、美容整形はそれはそれはまれなものだった。1回の手術も100万円単位と高額なうえにできる病院も数少なかった。女優さんやごく一部の女性だけが受けるような手術で、とうてい一般家庭の主婦が手を出せる世界ではなかった。
そんな時代にもかかわらず、そこまで顔をいじっていたのも彼女らしい。とりわけ不細工なわけでもなかったのに、顔じゅうのどこもかしこも取り換えたいくらいに自分の顔が嫌いだったんだろう。
顔が嫌い、それは本当の顔の問題じゃない。自分そのものが嫌いということだ。
彼女は、感情に揺さぶられてヒステリックになる自分も、激高してわたしに手を上げる自分も、かつて他人の夫を略奪した自分も、全部が嫌いでしかたなかったんじゃないかな。
そんな自分に自信がなかった。だからわたしにはそばにいてほしかったんだ、できればいつまでも子供のままで。大人になって離れていくなんて許せなかった。
わたしの結婚が決まって巣立つ日が近づくと、いてもたってもいられないくらいの恐怖に襲われた。思わずめちゃくちゃにしたくなるくらいに。だからあんな態度を取ったんだろう。
美しいと言われる寂しい母には、いつまでも自立できずにすがりつく娘が必要だったのだ。そしてその娘はなるべく醜くて魅力がないほうがよかったんだ。一生、どこへも行かないように。