財閥系ではないゆえの
取引先との「血の結束」

 2週間にわたった研修はもっぱら、学生気分を捨てさせていくものばかり。社会人としての心構え、言葉遣い、ビジネスマナーなどが中心で、業務に関する講義はほとんどなかった。午後は、毎日のように著名人による講話があった。元有名スポーツ選手、テレビに出てくるエコノミスト、超一流企業の社長など。いずれも講演料は破格なはずだ。夕方はビール・自動車・家電業界の営業部長や役員がやって来て自社のPRをしていった。

「ご入行の皆様、誠におめでとうございます。御行さまと弊社は創業当時から血の結束で結ばれ一心同体…」

 財閥系銀行ではないので、特定企業との強固な結び付きはないと思っていた。違う。財閥系でないからこそ、結び付きにこだわるのだと気付いた。

 銀行員は根が真面目なんだろう。支店配属後の飲み会でも、S社のビールしか口をつけないのだ。支店周辺の居酒屋には必ずS社のビールがあった。支店長が「S社のビールを置いてやってくれ」と大将に頼んでいたからだと教えてもらった。財閥系は強固な結束に守られていて、グループ内で悠々自適かも知れないが、非財閥系は大変なのだ。

 銀行は採用人数のアクセルとブレーキが激しく、前年は2000人採用したが今年は200人…といったこともある。どのような根拠で採用人数を決定するのか、私にはわからない。

 企業が永続的に成長していくためには、優秀な人材をコンスタントに一定数確保することが必要だ。しかし、バブル崩壊、その後の住専(住宅金融専門会社…住宅ローンを専門に扱う貸付業者)による巨額不良債権への公的資金注入、リーマンショック、東日本大震災などの際、金融業界は新卒採用を絞ってきた。その結果、現場や経営層で活躍しなければならない40代後半が不足し「空白の世代」となっている。

 この世代をキャリア採用で補充しようにも限界はある。このあたりは、拙著『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』にも詳しく書いている。また、銀行という業種は離職率が極めて大きい。特に「配属ガチャ」と「上司ガチャ」で将来が大きく左右されることもあり、若くして辞めていく者が後を絶たない。したがって、従業員の世代別人口がイビツになっていることが多い。

書影『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』(三五館シンシャ)『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』(三五館シンシャ)
目黒冬弥 著

 最後になるが、およそ50年前に建てられた先述の地下5階建ての研修施設は、なんと今もなお使われている。ただし、カリキュラムはかなり変わった。私が入行した頃は、社会人としての心構えやビジネスマナーも精神論に偏りがちだったが、現在は「もうそんなことはわかっている」という前提で、もっぱら実務的なもの…金融マーケット知見、ロジカルシンキング(論理的思考)といったビジネススキルを中心に学んでいく。

 まさに、即戦力を期待しているのだろう。もしかしたら「現場は忙しくて教えてるヒマないから、研修でしっかり教えといてくれよ!」という声があるのかも知れない。

 そして私は、悲喜こもごもを経て今日も懸命に勤務する。この銀行にはいつも感謝している。

(現役行員 目黒冬弥)