政治家の警備が
難しい二つの理由

 今回、安倍元首相銃撃事件の教訓から警備体制を充実させ、警備計画段階から警察庁が計画内容を確認するなど組織として万全の体制で臨んだわけであるが、結果として本事件は起きてしまった。

 パイプ爆弾が接地とともに爆発していれば大きな被害が予想された。

 安倍元首相に次いで、岸田首相が狙われ、センセーショナルな影響を社会に与えたことで、今後、テロの連鎖が懸念される。

 では、警備はどのように行えばよいのか。

 まず、警備上の難しさについて、論点は二つある。

 一つ目は、ローンオフェンダーの把握の難しさである。

 ローンオフェンダーとは、これまではローンウルフと呼称されていた。ローンウルフは元々、ネットやメディアなどの影響により人知れず過激派思想に染まり、単独や少人数で実行行為を行うテロリストであり、イスラム過激派組織「ISIL」がSNSなどを通じて賛同者にテロを呼びかけた影響もあり、2010年以降、ボストンマラソンにおけるテロ事件を代表に、各地でテロ事件が発生した。

 ローンオフェンダーは、ローンウルフとほぼ同義であるが、過激派思想というよりは“独自の思想に感化”されているという特徴がある。

 警察は従来、例えば選挙期間中であれば、過激派メンバーらの顔を知る「面割り捜査員」を会場に配置して、過激派によるテロを起こさせないよう警戒に当たってきた。

 しかし、極左やISILなどの過激思想や過激手法に及ぶ思想を持つ集団・組織に属する人間であればある程度事前に把握することが可能であるが、個人単位で思想を過激化させた者に対し、事前に把握することは極めて困難である。

 そこで、警察庁は、2016年4月に警備局内にテロにつながる投稿などの情報を収集する「インターネット・オシントセンター」を設置し、インターネット上に公開されたテロなどの関連情報の収集・分析を強化、収集した情報を捜査情報に生かしている。だが、SNSや掲示板などで得られる内容には限りがあり、それらを利用しないローンオフェンダーも当然多数いるだろう。

 また、組織の影響により思想的に感化されたのではなく、単に社会において孤立し、あるいはそう思い込み、一方的に社会に恨みを募らせるような場合はより把握が難しい。

 二つ目は、選挙活動の形態である。

 選挙活動においては、候補者・遊説者と有権者の“距離”が非常に重要視される。有権者との距離を縮め、直に触れ、生の声を聴くべき選挙活動は当然理解できるものである。

 また、手荷物検査は必ずしも実施されず、実施された場合の警備の物々しさを嫌がる風潮もある。

 以上のように、日本の選挙活動では遊説者と聴衆が極めて近い距離にあり、主要都市だけではなく、地元の小規模の会場や公道周辺で行われることも当然ある。

 しかし、米国と比較してみると、その差は歴然である。

 例えば、米国大統領を例に見てみると、遊説者と聴衆の間に一定の距離が設定され、場合によっては相当の距離が取られている。

 さらに、遊説時には、聴衆者の導線がコントロールしやすく、あらかじめ警備しやすい大規模会場を設定し、そこに集まる聴衆に対し厳重な手荷物検査が行われる。

 そして、遊説者の周辺には分厚い防弾ガラスを配置し、直接の銃撃や爆発物の投てきに対応している。

 こうしたことから、日本の選挙活動は遊説者と聴衆の距離が極めて近いところにあるが、選挙活動の形態を変えるべきか重要な局面に差し掛かっている(一方で、G7のように各国首脳が集う会合の場合は、聴衆との距離は主眼とならないため、選挙活動中の警備とはスコープがやや異なってくる)。

 それでは選挙活動中における警備策としてどのようなものが考えられるだろうか。選挙活動における聴衆との距離を意識しつつ、以下のような対策が考えられる。

・不審情報の継続収集(ローンオフェンダーの把握)
・遮蔽物の設置
・手荷物検査の実施
・聴衆内に私服警察官の多数設置

 しかし、今回の事件では地元漁師の方が異変に速やかに気が付いたことで容疑者を即座に取り押さえられたものの、外部から聴衆者を俯瞰して観察するには、限界がある。

 また、上記四つの対策は、これといって新しいものではない。なぜやってこなかったのかと思うだろうが、それは、今の日本に求められる警備体制のフェーズが大きく変わったということである。