正体隠して企業買収できる日本の現規制はリスク大、金融審議会が目指すべき方向性とはPhoto:PIXTA
*本記事はきんざいOnlineからの転載です。

 鈴木俊一金融担当大臣は今年3月、金融庁金融審議会に公開買付制度・大量保有報告制度等の在り方に関する検討を諮問し、実質株主の透明性を課題として挙げた。本稿では、金融担当大臣が実質株主の透明性改善を諮問した背景と、英国における実質株主の開示規制について解説し、金融審が目指すべき実質株主情報の開示の方向性を検討する。

企業買収事件が示した開示規制の不備

 上場会社である電線等の製造業(被告)が、原告となるファンド(有限責任事業組合)の持株比率の低下を主要目的として差別的新株予約権を発行した事件(最高裁判所第二小法廷決定2022年7月28日資料版商事法務461号143頁)では、その新株予約権発行手続の適法性が争われた。本事案では、原告が被告の株式を5%以上保有し、金融商品取引法が規定する大量保有報告の義務が発生したにもかかわらず、それを半年間怠っていた。被告は、原告の開示義務違反を理由の一つとして原告を株主不適格者と主張したが、裁判所は開示義務違反を問題とせず、被告による差別的新株予約権の発行を不公正と認定して差し止めた。

 昨今、企業の支配権を巡る攻防では、対象会社が買収者の株主としての正当性を問題とし、買収防衛策として新株予約権等を発行する事例が多い。しかし、買収者が集団投資スキームを用いる場合、対象会社が買収者の属性を問題にしようとしても、法令上、集団投資スキームは実質株主(注1)を開示する必要がない。そのため、対象会社に対してエンゲージメントなどの株主行動を取る主体を明確化できない弊害がある。

 集団投資スキームの背後の実質株主が、わが国と敵対する国家やテロリストなどの反社会的勢力であっても、金商法の開示義務の対象は名目上の集団投資スキームに限定されてしまう。そのため、企業買収の真の目的が明らかでなく、株主共同の利益を害するばかりか、国家安全保障上の問題ともなりかねない。しかも、前述の事案では、大量保有報告の開示義務さえも遵守されず、同様の開示義務違反に対しても行政庁によるエンフォースメントの事例があまり見られない。それ故、わが国では実質株主どころか、株主情報の開示義務自体が軽視されているといわざるを得ない。