複雑なバックグラウンドゆえの総合的な判断力、人間力

 Gさんは頭脳明晰な人物でしたが、それだけではありませんでした。普通、戦略をつくる人は頭でっかちで、格好よいことしかいわず、現場感のない嫌われがちなポジションですが、彼は世界中に企画責任者に頼られ、よく相談を受け、世界中の企画責任者やスタッフから人気があったのです。
 よく見ると、Gさんは人を大切にして日本流の根回しもします。会議のあとの他人の反応も気にするのです。一緒に会議に出ると、会議の進め方や発表の内容について、みんなに意見を求めてきます。また、私が主催する会議やプレゼンテーションに参加したときは、頼みもしないのに勝手にフィードバックのメールをよこしてくる。それくらい人の反応に敏感だったのです。

 あるべき論を語る前に、まずは各国の状況や課題を一生懸命に聞こうともします。「まずは反応ありき」で、練った戦略や企画を共有し、関係者の反応を見ていく。その内容は決して御用聞き企画ではなく、あくまで自社の将来ビジョンにそって明確な芯が通っている……それが当時の私には不思議でした。

 ロシア出身のハーバード卒、マッキンゼーの経験もある。私は最初、彼が何者かわからないくらい不思議なバックグラウンドを感じたのですが、同時に、もの腰柔らかで紳士的な印象に、表面をとりつくって裏の心が見えにくいアメリカ人と違ってアメリカ至上主義やサクセスストーリー型(Big Think思考型)の人間でないことも感じたのです。
 また、Gさんは心にないことは決して口に出さず、出世に対しても素直に意欲的。ロシアの広大な大地と気質から、スケールが大きいことがしたかったのでしょうか、本位は彼に聞いてみないとわかりませんが、はっきりわかったのは彼がアメリカ人ではないことです。アメリカに住んだ当初は、言葉や文化の違いに相当苦労したようです。

ゼロベースで考えるよりベストプラクティスから始める

 彼は企画材料となる情報をパソコン上だけではなく必ず各現地にコンタクトし、生きたリアルな姿で入手していました。世界各国の企画責任者からすると、情報のハブのような存在。私が日本で何かに取り組もうとしたとき、必ず彼にコンタクトをとり、すでに実践している他国の例、情報や比較データ、あるいはそれに詳しいコンタクト先を紹介してもらっていました。
 誰かが考えていることはすでに他国で考え、実践されている前提に立つと、「スクラッチ(ゼロベース)で考えるよりもベストプラクティス(最高の実践例)から始めたほうが、効果が期待できる」。これも彼の口癖でした。

 彼の特技の一つは、世界中の情報を集め、それを必要な国に伝播し、グローバル全体で会社の戦略の方向性を合わせたり、業務を効率化させたりすること。彼にとって各国からベストプラクティスを集めるのは日課のようなものです。「最近どうだ?」「何かおもしろい変化はあった?」「耳寄りな話があるんだけど日本ではどうかなって思って……」という何気ない会話から、必ず日本以外の他の国で使える情報や実践方法を探っていたのです。
 他国ですでに経験ずみの課題に対して、これから直面していく国にその課題背景や解決策、実践方法を共有し、効果を短期で上げていく。また、どの国も経験していない新しいゼロベースの企画については、世界中の経験者の声を参考にしていました。

 つねに各国のベストプラクティスを集めているので、何が新しい取り組みで、何がすでに実践されている取り組みなのか、業界内でもっとも多くを知っていたのはGさんではないでしょうか。彼と私は互いに利用しあい、海外のさまざまなベストプラクティスやこれから起きてくる新しいトレンドやアイデアを積極的に吸収していったのです。
 そんな工夫と習慣で成果を短期的に上げたのは、私に限らず各国で彼に関わる人たちにも共通したことでしょう。

<了>