「くだらないこと」は
いつまでたってもAIにはわからない

 そうなんですよね。地球の歴史は人類の歴史でもあるので、何かしらデータサイエンティスト的に、人間の歴史をある程度モデル化できるかもしれないというのは、よく考えると不思議ではないんです。

 だだこれは歴史の先生に怒られるんですけどね(笑)。「お前の話なんて聞きたくない」「明日の出来事を予測しろ」「ウクライナ戦争の帰結を予測してみろ」とか。

 天気予報というのは、今は当たりますよね。我々が若い頃はよく外れていましたが、今は2日前まではほぼ当たる。でも数週間先の予報はなかなか当たらない。「カオス」というのですが、方程式に従って予測しても、途中でちょっとした違いがそこに入ることで、結果が全然違うものになる。

 計算の精度を上げて数値の増え方を統制することで、2日後までの天気予報は当たるけれど、数週間先を当てるのは難しい。地震も、十分なデータが集まれば、数日後の予測はできるようになるのかもしれないけれど、カオスによって急に数値が広がるため、その先の予測は難しい。

 このように、十分なデータと、十分な精度と、十分な計算資源があれば、ある程度先までは予言はできる。地球の歴史も人類の歴史も、方程式に支配されて発展していくのが特徴的です。

高野 一方で、そうしたデータを集め、分析するというのは、とてもコストがかかりますよね。大事なことにコストをかけていくとなると、くだらないことはいつまでたってもよくわからない。

 そこにコストをかけられないですものね。

高野 くだらないことはいつまでたってもわからない。くだらないことに意外と自由があるのかもしれませんね。

王朝が弱体化していく
サイクルを方程式で示す

高野 今回、先生に伺いたいことがあるんです。昨今、コスパやタイパ、タイムパフォーマンスですね、こういったことにこだわる人が増えていると思うんです。今までもこだわってこなかったわけではないのですが、現代は情報量が多い分、人よりも有益なデータを得たい、損をしたくないという人が増えている。

 僕はよく講演などにお誘いいただいて、未知への好奇心や、謎を思い求めることの楽しさなどを話すのですが、こういった、コスパやタイパを重視する人たちに、果たして話が通じているのだろうかと心配になることがあるんです。皆さん優しいので、その場では、うんうんとうなずきながらお話を聞いてくれるのですが……(笑)。

 知らないもの、わからないものというのは、それを追い求めることで、どの程度コストや時間がかかって、どのようなパフォーマンスがあるのか、わからない。コスパ、タイパ的には未知数な分野に、本当に皆さん関心があるのだろうかと。

 先生はまさにそうした分野を科学的に研究されるわけですが、科学者というのは、そのあたり何を根拠にされるのでしょうか?

 私も大学で教員をしていると、似たような思いになることがあります。中には「先生のその話は私にどのようなメリットがあるんですか?」「その話を聞いて私のGPAは上がるんですか?」ということを言われることもあります。冗談で言っているのもあると思いますが、学生たちに夢がなくなってきていることも事実です。

 我々が子供の頃というのは、まだそれほど世の中の仕組みが固まっていませんでしたよね。なので、変わったことをやっていても「何だか変なことをしているな」で済んでしまう。でも今は完璧に仕組みが整えられてしまっているので、基本的にそこから外れると生きづらくなってしまう。確立されたシステムの中で効率的に生きていかなければならない。

 今の世の中のシステムがいつまでも続けば、それでも良いかもしれません。おとなしくそれに沿っていればいいのですから。でも、今のシステムが別のものに置き換わることもあり得ますよね。実は私はそろそろ起こるのではないかと思っているのですが、近々、世の中がひっくり返るかもしれない。そのような危機意識や観点が、今は希薄になってきているのかもしれません。

高野 今の場は、有限の、決められた場であって、だからこそ、その中でコスパを追い求める。でもそれが崩れると、コスパというのは成立しなくなる。コスパに頼っていた人たちは生きるすべを失ってしまう、と。

 それを見越して、たとえ今のシステムに外れたとしても、その人たちが生息する余地を残しておかないとやばいでしょうね。今のシステムが崩れたときに、生き残れる人がいない。

 数理生物学者のピーター・ターチン(コネチカット大学教授)が、「中心と周辺」ということを言ってます。中心部分で発展すると、そのシステムに過剰に適応してしまい、人々は次第に弱くなっていく。すると、周囲の外界に接している人たちが中心に入ってくる。このサイクルを方程式で示したのです。

 ターチンという人は、数理モデルを用いて、多数の生物が共存する生態系の力学を調べていたのですが、彼が最初に目を向けたのは、前近代の数々の帝国の歴史の中に見られる力学的な構造でした。そこで研究の範としたのが、中世アラビアの歴史家、イブン・ハルドゥーンの研究です。ハルドゥーンは政治家でもあり活動家でもありました。

 ハルドゥーンの研究をひも解くと、遊牧民の征服王朝が、数世代を経て弱体化していく。すると、砂漠からきた新たな遊牧民が征服して王朝が置き換わる、こうしたサイクルが、わりかし200〜300年おきに繰り返されていることがわかった。

 文明的な発展というのは、集団を愛する心や、自分よりも仲間を大切にする心、リーダーシップ、愛国心、こうした人間の向社会性の精神的な資源によるもので、いずれ、個人主義が発達して弱まってしまう。すると、苦しい生活を強いられてきた周辺の人々からまたそのような精神が芽生え、中心に置き換わる。王朝の交代ですね。ソ連崩壊もそうでした。

 そうした力学を微分方程式にして、シミュレーションできるようにしたのがターチンの「帝国力学」です。ターチンは現代版のハルドゥーンなんですよ。

 そのように、歴史を見ても今のシステムがいずれ別のシステムに置き換わることは必然です。そうなると、今のシステムへの過剰適用というのは、あまり得策ではない気がします。これからの人は、「変わったこと」もしていかなければならない(笑)。少なくともそうした観点は必要です。

高野 なるほど。コスパ・タイパをひたすら追い求めている人がいたら、全先生の今の言葉を借りて、「理論物理学者はこう言っているぞ」と、虎の威を借りて説明したいと思います。僕が言うよりも説得力が増すので(笑)。

 これも先生にお聞きしたかったのですが、「クリエイティビティ」というのは、科学的に説明すると何なんですか?