クリエイティビティが生まれるキーワードは
「勇気」「変なもの」「見守る人」

 それはわからないですよ。もしわかっていれば秘密にして、トップサイエンティストになっています(笑)。

 我々サイエンティストは、基本的に「職人」なんです。クラフトマン。人があまり触れないような複雑な業に精通していて、注文されたものをつくることができる。一方で、職人の域を飛び越えた変な人もいる。アインシュタインのような特異な人は、天才としかいいようがない。実際にそういう人にお会いしたことがありますが、同じ科学者であっても違う人間だなあと感じました。私はただのクラフトマンですから。

 変な人、特異な人。あとは先ほどの話にも出ましたが、時代にあらがえるかどうか。何か発展して、それが飽和して、飽和しきった中に、違うものや新しい技術が見えてくると、そこに注目して今までと違ったことをやらないといけない。新しいことが始まるところに居合わせて、かつ、勇気のある人。「勇気」に近いのかもしれませんね。

高野 クリエイティビティとは、勇気。

 今は例えば、物理学の世界は成熟して、次に代わる分野を探している。今の技術でできる実験の理論的説明もうやり尽くしてしまい、すべて世の中で知られてしまった。あとは注文に応じて計算したりと、人の役に立つだけです。

 そのような中、100年ほど遡ると、ヴェルナー・ハイゼンベルクという物理学者が、放射能とか原子核とかを説明するのに、非可換代数とか、不確定性とか、なんか変なことを言っている。大勢からすると「何バカなことを言っているんだ」ということになる。

 でも結局、ハイゼンベルクの言っていることは間違っていなくて、量子力学を飛躍的に発展させた。否定的だった偉い人たちは、それまでの研究者の最後の世代となり、新しい世の中が始まった。

 古い世代と新しい世代、何が違ったかというと、新しい世代は失うものがないんですね。若くて、今までに安住しない勇気がある。もちろん、相当の技術の熟達は前提ですが、その上で、違うことにあえて挑戦する勇気を持っている。残念ながらそういうことをやった人が100人いたとして、その中の1人の天才が崇拝され、残りの99人はただの狂人として扱われてしまいますが……。

高野 なるほど。一方で、天才ではない研究者であっても、自身の人生の中で、クリエイティビティが発揮される瞬間というのもありますよね。それは何が要素になっていると思いますか?

 今までの秩序にない「変なもの」を自分で探しに行って、見つけてくる。そこでしょうね。

高野 やはり「変なもの」なんですね。

 それまでの秩序では予想できないものを、わざわざ探しに行く。そしてそれを見つけたら、しめたと、それがいかにすごいものかを説明する。「探しに行く元気」と「秩序を壊す勇気」が必要で、それらを兼ね備えているのはやはり若いうちかもしれません。30〜40代半ばかな。それ以上になるとコンサバ(※保守的、無難)になっていく。

高野 それ以上の年齢になるとやはり厳しいのでしょうか?

 可能性はなくはないですが、難しくはなるでしょうね。一方で、そういう変なことをしている人たちが芽を出すための環境を用意することも大事です。その変なことは、ただのデタラメか、それとも何かを秘めた可能性があるものか、その違いは見る人が見ればわかる。

 そうした名伯楽は、少なくとも若い頃に挑戦した経験のある人でないとわからない。現場で苦労して、挑戦して、大したことはできなかった。その後、年を重ねて、同じように挑戦している若い人を見たら、「こいつは今は成果は出ていないけれど、可能性を秘めているな」というのがわかる。

 だいたい大きな発明というのはそうなんですよ。ジョン・シュワルツ(カリフォルニア工科大学教授)という理論物理学者は、論文を全然書かなくて、普通なら3年で大学が首になるところですが、上の人が「あいつはあのまま好きなように研究をやらせておくべきだ」と彼を見守った。するとシュワルツはその後、「超弦理論」(超ひも理論)の構築に多大な功績を残したんですね。

 ですので、「見守る人」というのは結構役割が大きい。今の既定路線だけやって、いい数値を出した人だけ引き上げるというのは全然だめで、変なことをしている若い人を見守る。

 変なことをしている人は、意外とどこにでもいるものですが、どこかでつぶれちゃうんですよね。そしてほかのことをしている。証券会社とかに転職してお金持ちになれば、親は喜ぶかもしれませんが、社会全体にとっては大きな損害ですよ。見守る人がいる場所でしか、新しいものは生まれないんです。

おふたり