「おはよう!」
「おはようございます」
「おはよう!」
「おはようございます」
「おはよう!」
「おはようございます」
誰に教わったわけでもないが、部下の目を見てあいさつを交わす一日の始まりは重要だ。カロリーメイトをかじりながら髪を結いつつあいさつする者、化粧の途中のまま遅刻ギリギリで滑り込んでくる者、2Lペットボトルの水をラッパ飲みしながらあいさつする健康オタクの者。競馬のパドックではないが、そのルーティーンの様子やあいさつの声で、おおむねその日のコンディションを感じ取れる。
「おはよう!」
「おはようございます!」
「ん?」
私は驚いて、彼女を二度見した。明らかに昨日までの表情とは違う。モノクロ写真とカラー写真ほどの違いがあった。それと、声だ。ワンオクターブ高い爽やかな声色に、開店準備をしていた誰もが手を止めた。付き物が取れたと言ったらふさわしいのかもしれない。自分の席で化粧直しをしていた課長代理が、目を丸くして私と顔を見合わせた。
支店長と同僚の共謀での印鑑窃盗という
つらく苦しい出来事を乗り越えられた理由
この数カ月、その苦しみは本人しか分からない。どこで投げ出すか、終わりにするかは自分次第だったのだから。
「支店の皆さんはもちろんですが、父や母にも迷惑をかけていたと思います。先週ぐらいから、会社に来るのがそんなに苦しくなくなって。気がついたら体が動くようになっていて。何でそうなったのか、全然覚えてないんですよ」
午後、コピー機の前で私に話してくれた。私など、彼女の状況を人事部に報告するだけの役割にすぎないが、周囲の同僚や親御さんの心配は並々ならないものだったろう。
職場に心の病を持つ人が現われた時、正しい知識を持ち合わせている人があまりに少ない。だから、どう接したらよいかわからず、腫れ物に触るような対応や声の掛け方をしたり、機械が壊れたかのように、もう駄目、もう終わりだという扱いをしたり。