日本中を虜にしたキャンディーズのメンバーだった“スーちゃん”こと田中好子。乳がんのため55歳で早逝した彼女は、葬儀にて「幸せな人生だった」と生前収録した音声を流し、参列者の涙を誘った。時代を彩ったスターである彼女の最期と人生を紹介しよう。本稿は、小泉信一『スターの臨終』(新潮新書)の一部を抜粋・編集したものです。

日本中の人々を励ました
“キャンディーズ”という存在

「高校時代は受験勉強一色だった」と懐かしそうに語る後輩がいる。灰色の3年間。第1志望の大学も、第2志望も第3志望も立て続けに不合格となり、浪人生活を送ったそうである。

 そんな彼がある晩、ラジオをかけると明るい歌声が聞こえてきた。キャンディーズの「春一番」だった。歌詞にあるように、「泣いてばかりいたって、幸せは来ない」のだ。そう思い直し、頑張ろう、頑張るしかないと自らを鼓舞し、翌春、見事に第1志望に合格した。

 まさに「彼の青春時代はキャンディーズとともにあった」と言えるだろう。「春一番」は青春の思い出なのである。そしておそらく、彼のようにキャンディーズに励まされた人は、男女を問わず、また年齢も問わず、この日本には大勢いるだろう。

「幸せな、幸せな人生でした」元キャンディーズ・田中好子の「最後のメッセージ」に涙が止まらない日本中を虜にしたキャンディーズのメンバーだった“スーちゃん”こと田中好子 Photo:SANKEI

 メンバーの1人で2011年4月21日に乳がんのため55歳で早世した女優・田中好子。

 でも、「田中好子」と呼び捨てにはできない。やはり「スーちゃん」と呼びたい。私は年齢的には少しだけ年下で、いわゆる「年下の男の子」なだけに、スーちゃんには格別に親近感が湧く。あの飛びきりの笑顔に何度励まされたことだろう。

 ランちゃん(伊藤蘭)、ミキちゃん(藤村美樹)とともに、3人娘で構成されたキャンディーズ(活動時期1973―1978年)は、1970年代の日本社会に元気と明るさをもたらしてくれた貢献者でもあった。

 しかも、スーちゃんも含めキャンディーズの3人娘は、ただ歌を歌うだけのアイドルではなかった。コメディの才能も持ち合わせており、人気テレビ番組「8時だョ!全員集合」(TBS)では、ザ・ドリフターズの面々に引けを取ることなくコントを演じた。

 その魅力は今もまったく色あせていない。中でもスーちゃんは、亡くなったという気が今でもしない。どこかで生きているのではないか。そう思ってしまう。

葬儀で流れた
「本人のメッセージ」

 一体どんな人柄だったのか。逝去から4日後の4月25日、東京・青山葬儀所で営まれた葬儀で流れた本人のメッセージを読むと、ぼんやりとだが素顔が浮かんでくる。